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2010年08月27日

コックさんとお医者さん

この時期に感じるのは・・・"夏休みの宿題"についてです。

小学生の頃、自由研究ではいつも木製のロボットを創っていました。
中学生の頃、なんか、歴史関連の調べものをしていたでしょうか・・・
高校生・・・出した記憶が・・・
養成所の頃・・・毎日、台本読んでました・・・

昨今思うのが、宿題を出す側になると・・・本当に有意義な宿題ってなんだろうと考えてしまいます。
特に役者さんを目指す人にとっては、基礎練習は毎日くらいにやってほしいですし、(1日サボると3日後退する、なんて芸事の世界ではいいますよね・・・)それと同じくらいに感性を刺激するために、いろいろな遊びや体験などなどをしてほしいとも考えています。

宿題って出す方もやる方も・・・難しいですね。


さて、さて。
今日は役者さんと演出家のお仕事をちょっと考えてみようと思います。

私の大変尊敬する演出家の先生は昔、私にこのようなことを言っておられました。
役者や演出家というのは、料理人に似ているね。素材を吟味して、台本というスープで煮て、作品という料理をお客様に出すんだよ。役者も演出家も包丁の腕も火加減も盛り付けの仕方もしらなきゃならない。一流の料理人になればなるほど、どんな素材でもおいしくするんじゃないかな? いろいろ文句をつけて料理できない料理人なんていないだろう?そんな人は 二流、三流ってことだね。


まだ、10代だった私はノートにこのお言葉を書きつつも今一つ、理解していなかったのだと思います。
今は先生がおっしゃっていたこと、身にしみて理解されてきたのではないかと思っています。
どんな素材(役や台本はたまた演出指示)でもやって(下ごしらえして)みる。そして、それを最高に創って(調理して)お客様にお出しする。下ごしらえや調理の段階で様々なトラブルがあろうかと思います。しかし、そのトラブルや予期せぬ事態に文句を言ってやらなかったり、できませんとさじを投げるようでは一流ではないと思うのです。たとえば、「鍋が自分の予想より小さかったのでできません。」こんな事を言っていては、そのレストランや料理屋さんをやめさせられてしまいますよね。
そこを経験と知恵を使って調理する事こそ一流の料理人であり、こういった事とお芝居(役者さんや演出家)は非常によく似ていると先生はおっしゃっていたと思います。

そして、研究を続けていくうちに、私には芝居/演劇の関係者は医師にも似ているのではないかと思い始めました。お医者さんは私達の健康を守るために日夜勉強を続けていらっしゃいます。医学という基礎理論を基に千差万別の症状に立ち向かい、それを解決する。1226.jpg私達も基礎練習、基礎理論といった様々な膨大な知識を用い、千差万別の現場に適応する技術と精神を身につけなくてはならない。そして、役者であり続ける限り勉強を怠ってはいけないと思うのです。経験だけを頼りに手術されたらたまったものじゃありませんよね。経験と知恵と普段の研究をしているお医者さんなら安心です。そして、千差万別の現場に対応できないお医者さんも・・・ちょっと怖いです。『盲腸が思った場所になりから治療できません』なんてお医者さんがいたら・・・これは、役者さんや演出家にも言える事だと私は考えています。常に勉強をし、柔軟に対応していくことが役者さんや演出家にも求められているのではないでしょうか。

さらに他にも色々な職業に例えることができるような気がします。
色々な職業との共通点を見つけ、表現に、役者修行に反映し、活かしていくとより興味深いかもしれません。
posted by 武藤賀洋 at 19:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月20日

役を好きになるということ

1週間って早いですね〜
世間ではお盆休みで、都内の移動は本当に楽チンでした〜
皆さんはどんな夏休みをお過ごしになられたでしょうか?

学生の方はあと二週間くらい?のお休みを是非、有意義にたくさん遊んで、
感性を研かれて下さいね!!
また、別の機会に書きますが、「○○館」や「○○園」というような場所で
生(ライブ)の物を見て刺激を受ける事はとても良い事だと思うのです!

さて、今回は”役作りの第一歩”について書きたいと思います。

よく、学校の講座やワークショップなどで、
『キャラクターになりきるにはどうしたらいいですか?』
とか
『役作りってどうすればいいですか?』
という質問を受けます。

IMG_2364.jpg具体的な方法は数々あろうかと思います。
しかし、共通する第一歩が、

『役を無条件に好きになる。』

という事だと考えています。

単純なことのように思いますが、これがなかなかどうしてできるものでは無い時があります。

もし、自分のキャラクターに合わない役が来てしまったら・・・
もし、自分が嫌いなタイプの役が来てしまったら・・・
もし、自分がやったことのない役が来てしまったら・・・
もし・・・

お仕事で役をもらったのでなければ、
(趣味やアマチュアでやっているのであれば、)
役替えを申し出たり、
もっと言えば、台詞や仕草を自分の思うとおりに変えてしまえば
済むことです。
しかしながら、お仕事だとそうは行きません。
なにせ、俳優さんや声優さんの代わりはいくらでもいるわけですから、
「これ、合わないと思うので変えたいんですけど」
なんて申し出たら、もう、そのお仕事はできません、きっと。

でも、さきほど書きましたとおり、
"もし、自分のキャラクターに合わない役が来てしまったら・・・"
ということが無いとも限りません。
自分の希望通りの役ばかりがくることは実際のお仕事の中では少ないのではないでしょうか。
厳しい事を言えば、当て書きなどでは無い限り、その役について寸分くるわず演じる事が役者さんのお仕事であろうかと思います。

そんな時の役作りの第1段階として、
役を好きになる
ということをしてみては如何でしょうか?

お友達や恋人でも第1印象が最悪だったとしても、
お話をしたり、関わるうちにその人のよいところが見えてくると思います。

それと同じに、かどうかはわかりませんが、自分が気に入らない役をもらったとしたら、
「何故、この役はこのような行動をとったんだろう」、
「この役のこの台詞は僕じゃあ、言えないけど、これを言った気持ちってどんなだったんだろう」
などと肯定的に考えてみると良いと思います。

どんな役でも、無条件に好きになり、
その役のどんな事でも肯定できるくらい好きになる。
そうすることで台本に書かれた限られた情報から、書かれていない情報まで
想像、イメージする事ができると思うのです。
無条件にその役を好きになる事が、役作りの第一歩ではないでしょうか。

側面から考えると、役を好きになれない役者さんはその役にはなれないとも私は考えています。

また、別の時に書きたいと思いますが、役者さんに必要なのは、どんな役でも肯定的に考えられる思考と、どんなことでも受け入れられる素直さがプロフェッショナルでやっていく上で必要な要素だと私は考えています。
ラベル:俳優 声優 役作り
posted by 武藤賀洋 at 21:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月13日

芸術に答えなし

こんにちは。ここ最近、暑いが続きます。
皆様、いかがお過ごしでしょうか。
熱中症などにおきをつけいただいて、十二分に水分補給などしていただいて、
さらにアツい夏をお過ごし下さい!!

さて、本日より毎週金曜日は、こちらのブログと連動して、お届けしていこうと思います。
このブログで過去ふれた記事もありますが、私、武藤としても、
今一度見つめなおして、書いていこうと思います!!どうぞよろしくお願いします。


IMG_8500.jpgさて、以前にもこちらに書きましたが、私は舞台演出や若い俳優さんへの講座の時、最初にかならず言うことがあります。

それは・・・
『芸術に答えはない。』
です。

"芸術に答えはない。"
これは私の口癖でもあります。
どんな物語でもどんなお芝居でも、「正解」なんてないと思いますし、
「正解」を求めてつくったりしたら、楽しくないのではないでしょうか。

では、なぜ正解がないのでしょうか。
正解を求め悩むから「つくる」という行為が終わった後、充実感があるとも思えます。
しかしながら、我々が手がける世界は人が相手の職業だと思うのです。
―――。万人を満足させることのできるお芝居に私は未だ出会ったことがありません。
演技、演劇にも数学などに用いられる公式のようなものがあれば答えを導きだす
のは簡単なように思えます。
もし、芸術の世界に公式が存在していたら・・・芸術家、表現者、みな同じ
ものを導き出して気持ち悪いと思います。

ただ、やはり『セオリー』的なものは存在すると思います。
そのセオリーを学んで自分自身で作り直していくというのが最初なのではないかと感じます。

創作をしていて悩むのはとても良いことだと思います。
それは
何が正しくて、何が間違っているなんて誰にも判断できないと思います。
お稽古場でダメ出しがあったとしても、単にそれは監督さん(もしくは演出)の
創作過程の一つであって、且つブラッシュアップの一つであり、決して正解を導き出すものではないように思います。
なぜならば、もし演技に「正解」があるとするならば、その時に示した演技と
同じモノ、寸分狂わず同じものは2度とできないからであります。

細かいことを言うと「不正解」も答えの一部です。
つまりは演技というものに、正解も不正解もなく、ましてや完成すること
なんて、完璧になることなんてないのではないでしょうか。

だからといって、作品を完成させないわけにはいきません。
妥協するわけにもいきません。
お稽古、練習を通じて、何度も何度も塗りなおしていって、はじめてそこで
”日の目が見れる”という判断を通過して世の中に出て行くものだと感じます。

世の中に完璧な芸術などない、だから悩み続けるのではないでしょうか。
そして、毎回新たな発見をしていくのが創作だという気がしてならないのです。

"お客様に聞いて頂く、見て頂くから、より完璧なものにしたい。"
恥ずかしいものにしたくない、そう誰も思うものだと思います。
しかしながら、特に新しくお芝居を始めた方は特に、こういった結果を求めてしまうと、プロフェッショナルな感覚から遠く離れていくと思います。
それはたいていの場合、お客様は役を観に来ているのですから。
役と真剣に向いあい、お稽古の中で創り、そして、さらに作品の中で進化させていく。
こうした事が大事だと私は考えます。

少し話しがそれましたが、『芸術に答えはない。』という信念の元、
お芝居に正解や結果を求めず、舞台上で活きた人間を、作品を表現していきたい、
私はこう考えます。

このブログでお知らせしている研究成果も単に1例でしかありません。また、研究を続けることで別の方法や技法が発見できるかもしれません。
posted by 武藤賀洋 at 15:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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