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2010年11月26日

目は口ほどにモノを言う。

目は口ほどに物を言う。

と言う言葉があります。これはお芝居をする上でもとても大事な事だと考えています。


実生活でもそうだと思うのですが、いくら口では良い事を言っていても、目が泳いでいたり、焦点があってなかったり、うつむいて話をしていたら・・・その言っている事がどんなに素晴らしく、素敵な事だったとしても、説得力にかけるのです。

先日、こんな人がいました。
声も大きく、声も良く、動きもいいのに・・・台詞を間違える度に「目を閉じてしまう」
はたまた、
声も大きく、台詞回しもいいのに・・・恥ずかしいのか・・・視線を舞台外にだけ向けて、相手役を見ていない。
さらには、
声が良く、相手をきちんとみているのですが・・・目の焦点が定まっていない・・・

実際の生活の中でこんな人が居たら・・・ちょっと信用がおけないというか、げんなりしちゃいますよね。。。

こういうことがどうして起きるのか・・・
原因は千差万別だと思うのですが、「テキスト(台本)だけを追っている」とこうなってしまいがちだと思うのです。

言うまでもなく、台本はその作品の拠り所です。だから無視することはできません。20101126_a.jpgもちろん、お芝居をしている時には台本の事、役の事以外が頭の中にあってはいけません。ここで大事なのが、他の役の役者さんが自分と同じ事を考えているとは限らない、ということなのです。ですので、頭の中には役の事、台本の事はもちろんなのですが、視覚、聴覚、嗅覚、触覚・・・様々な感覚を研ぎ澄ませて、ある種冷静であることが必要なのです。こうした感覚が常に研ぎ澄まされていないと、不測の事態・・・もし、なんらかの原因で予定と違う事が起こったら・・・対処できるようにする「しろ」あるいは余裕、冷静さがないと、単にテキストを追っているだけの物になりかねません。こうした余裕、冷静さをきちんと盛り込んで何回も繰り返し練習し、お稽古にて更に新しいものを感じる。日々進化、変化を成し遂げて行かなければ、そこまでの出来合いの物になりかねません。ちょっと話が逸れましたが、お芝居をしている時には、常に周り、相手の挙動、鼓動、呼吸、全てに気を配り、万が一イメージと違う事や約束と違う事が起きても、自分の役の[目的]を基本にしっかりと向かい合っていれば、その空間にはけして間違っている事や(役者として)かっこわるい事など起こり得ないのです。ことに今回の「目」「視線」ということを気にしつつ、視覚を最大限に使う事によって、様々な情報が入ってきます。その情報を一瞬にして把握し、対応する事がお芝居では大事だと私は考えています。


posted by 武藤賀洋 at 11:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分の思う事、他人の思う事

自分が良いと思った事やイヤだなと思う事って人に伝えたくなる時がありますよね。

美しいと思った事。
楽しいと思った事。
嬉しいと思った事。
イヤだなと思った事。
このやり方すげー!と思った事。
このやり方でできない事ができた!と思った事。
感動した事。
心が揺さぶられた事・・・


でも、これらは、自分が感じたものであって、
伝える相手ーーー他人ーーーには本当に良いものなのでしょうか。
不明な時があります。

例えば、お芝居のお稽古方法でも練習方法でも、自分にあったやり方でも人にあっているとは限りませんし、
他人に教えてもらったやり方が自分にあっているとは限りません。
やり方はーーー無論、このブログの方法も、他の方法もーーー様々、千差万別、無数にたくさんあります。

芸術にはやり方、表現の仕方も千差万別。どれが良い!というものはありません。
自分自身で自分にあったやり方を見つけ、作っていく事が重要だと思います。
学校や養成所で教えてもらう方法は何年も実績をかけて作られて来ています。
だからこそ、これをマスターし、更に自分のやり方を何年もかけて構築していく必要があるのです。
(学校や養成所で教えてもらう方法をやりもせずに、
 またはちょっとやって「合わないなぁ」と思うことはそれはそれで良いのですが、
 やらなくなるのは論外です。)

ちょっと強引な話になりますが、「軍服を自分の身体に合わせる」という言葉もあり、
やり方に合わせて、自分の思想や思考を変えて行くのも一つの方法です。

また、重要なのは、方法は常に進化しているということです。
ですから、様々な方面から学ばなければなりません。ある種の拠り所、お手本があったとしても、マニュアルがあったとしても、
そこに練習やお稽古の「目的」がなければ、まったくもってそれらは意味をなさないと思います。

私も実は生徒さんからたくさんの影響を受けていたりしています。
先生師匠方、諸先輩方、同期、後輩・・・学べる人はたくさんいます。
どんな人からも何かを受け取り学べる事がこの答えのない世界で生き残っていく方法の一つなのかもしれません。

あたえられた方法ばかりではなく、自分で納得のいく方法を模索して実践していく事が我々にとって重要だと感じますし、もし、やり方に正解があるのだとしたら、皆、プロになれている気がするのです。
posted by 武藤賀洋 at 10:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月19日

勝手に台詞をかえちゃダメ!!!

こんばんは!
ここさいきん、めっきり寒くなってきました〜
神奈川の箱根などは雪が降ったとか・・・もう冬ですね〜〜

今年も残す所、1ヶ月。年末に向けて色々なイベントもありますね〜
実は私が演出をつとめる劇団新和座では12月18日(土)にクリスマスプレゼントが当たるイベントを行います!
私、武藤も出演しますので、是非是非、皆様、お越し下さい☆
お一人様500円です!
詳しくは、
PCはこちらを、
ケータイはこちら
ご覧ください♪

さて、今日は、講座で寄せられた生徒さんから、こんな質問がありました。
なぜ、台詞を変えて読んではいけないのですか?

普段、私はワークショップやお稽古、講座の中で「なるべく台詞を変えずに表現してください」と言っています。
(上記の質問では「読んでも」も気にかかるのですが、それは別の機会に・・・)

基本的に私は台詞やト書きを変えることを好みません。
これは、台本を書いてくれている脚本家の先生や物語に対する敬意という意味もあるのですが、お芝居では「役」をつくるものだと考えているところが大きいです。

以前、とある俳優さんが台詞を自分勝手に変えてお芝居していたのですが、これはいただけまん。
何故ならば、言いづらかったり、自分の性格にない、言葉、行動でも、イメージして、創造するのが本筋であり、この俳優さんを何回も見ているお客様なら「なるほど!あの言い回しか!!」と納得するかもしれませんが、初めて見る方には違和感が出てくるかもしれないのです。
どうして違和感が出るかと言えば、脚本家は”登場人物”をイメージしながらお話を書くことが多いと思います。ですので、自分勝手に部分部分の台詞を変えてしまうと、全体としての整合性がとれなくなる訳です。
20101119_b.jpgただ、気持ちが入って台詞が”変わってしまった”場合はこの限りではないでしょう。それは、その役が自然に発した言葉なわけですから、真に迫っている訳です。
自分が言いづらいと感じたり、自分の性格と合わないだったり、単に目立つから!というような気持ちで台詞を変えると「目立つ」かもしれませんが、真に迫らないでしょう。同時にこういう理由で台詞を変えうことはプロの仕事とは言えないと思います。

もちろん、先ほども書きましたが、真剣に演じていて、役と向かい合って、台詞が変わってしまった場合はこれにあたりません。

これを踏まえて、前述の質問に考えを及ぼす時、言えない台詞やできない行動などないと考えています。ですので、全ては練習とお稽古にて、できるまでやるというのが表現者にとってのお仕事なのだと思います。
しかしながら、まま、台詞やト書きを変えることがあるかと思います。
この場合、私が演出をしているのであれば、『意味のない動きや台詞』は入れないことにしています。その該当の箇所だけは意味があるように思えても、そこ以外になんの意味も成さなければ、変える意味がない、もっと言えば変える必要性さえ感じないのです。
表現に答えはないと思います。が、ハナから表現をせずに他の言い回しや、台詞などを考えるよりも、
拠り所である台本を一切変えずに気持ちの変化、役の心理を研究し、役と真剣に向かい合うからこそ、気付きがあり、新たな発見や表現方法に行き着く事になるのだと思います。

単にモノの言い方だったり、台詞の言葉だったりを自分勝手に変えて(無論、こういう練習方法もありますが・・・)お稽古に望むのは好ましくないと考えています。仮令、やりあきたり、不安になったりしても、台詞を踏襲し、その役を舞台で生かす事こそがプロの役者さんのお仕事であり、求められている事だと考えています。経験上の話になってしまいますが、やり込めばやり込むほど、声も台詞も変わって行く物だと思う訳です。無論、そこには役に真剣に向かい合う必要はありますが・・・

posted by 武藤賀洋 at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月12日

お芝居を止めるということ

昔、ちょっと仕事でかかわった声優さんの卵がお稽古場にて。読み間違えるごとに「ごめんなさい」といって芝居を止めるわけです。その台本が「ごめんなさい」という言葉を許容する物語ならいざ知らず、そうではないなら、そんな邪魔な言葉いってほしくないと私は思います。
また、こんな方も居ました。
お稽古中、通し稽古(台本の最初から最後までやるお稽古の事です。)をやっている最中、とある男性の俳優さんが、途中から明らかに気持ちを切ってしまい、気持ちも何もはいっていない、ただ、台詞を追っているだけになってしまっているのです。これは見た目、お芝居を止めていませんが、、、「勝手に芝居を止めた」と判断してしまいます。

何故、お芝居を止める事がダメなことなのか。
それは、
「自分だけのお稽古ではない」
からなのです。

(一人芝居にしろ何にしろ、)スタッフさんが居たり、共演者がいたりします。
自分の勝手な都合でお芝居を止めてしまっては、他の方の迷惑になるわけです。つまり、自分は自分の理由で止めた事をわかりますが、他の人はわからないわけです。そして、他の人は、気持ちを一生懸命入れてお稽古しているのです。

20101112_b.jpg私は劇団でも講座でも言っていますが、
「お稽古は他人のためのお稽古」だと考えています。
同時にこれを実践するには、その場に望む為の練習という準備が必要になってきます。
また、常に自分自身と戦って、他人に対してのお稽古をしているという気持ちがあれば、勝手に止めることなどできうるはずもないのです。仮令、自分が間違えた!と思っても他の人はまだ芝居を続けている訳です。自分で止めるなど愚の骨頂であるわけです。

では、どうして、そういう風にとめてしまうのか。物言いや台詞に固執するとそのようなこと、相手が予想通りに動かない時、自分の台詞が無い時が往々にしてあると思います。これは人間で言えば、死んでしまっている状態だと思うのです。つまり、舞台から勝手に一人でおりてしまって、役が死んでしまった時なのです。
普段の生活で相手が思うように動かないからと言って、相手の動きを指示するでしょうか?
普段の生活の中で自分が言い間違えたからと言って、「ごめんなさい、もう一度今の会話繰り返していい?」などと言うでしょうか。

つまりそういう事なのです。
お稽古している中で自分勝手な都合でお芝居を止めるというのは、相手役やスタッフに対してもの凄く迷惑であるばかりか、ありえないことなのです。

無論、初歩的なミスが起こらないように基礎練習をきちんと毎日、あらゆる時間、一人で行う事は言うまでもありません。
しかし、ミスが起きたからといってお稽古を止めてしまうのは、これはもう、死んでしまったと同じ事なのです。

同時に常に正解を意識して、舞台上で生きる事を怠っていると「自分勝手な理由」がむくむくと頭をもたげるようです。


役者さんが一番してはいけないこと。それは勝手にお芝居を止めてしまう事。
勝手にお芝居を止めると言う事は、、、役を殺している事と同じ事だと私は考えています。
posted by 武藤賀洋 at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

色々な人の話を聞こう!

最近、私の周りでは風邪がはやっています!
帰ったら、うがい、手洗い、忘れずに!!
風邪は予防が大事だと言います。もしひいてしまったら、早めに医師に診てもらって、早めに治すことも肝要だと思います!


さて、今回は「色々な人の話を聞こう!」という話題です!

20101112_a.jpgどんな職業でもそうだと思いますが、その職業につこうと思ったら、その職業の人に聞けば、
なれる方法や、やり方、苦労話などなど色々聞けて、アドバイスも頂ける事があります!

しかし、ここで留意しなければならないのが、お話を伺う相手と自分とでは持っているモノも境遇も違うという点です。

つまり、参考にもちろんするべきお話ではあるし、普遍的なモノは変わらないけれども、
そっくりそのまま真似をしたり鵜呑みにしたりしても、実際に自分自身に効果があるかどうかは疑問なわけです。

また、特記しておきますが、すべてのお話を疑えというわけではないのです。

自分自身がしっくりくる方法は自分で判断して見つけなければいけないと考えているわけです。

つまり、異業種の人のお話もしっかり聞き、業界は違うけれども、自分に役立つ、自分自身の為になることは絶対にあるはずなのです。


そして、声優さんや俳優さん、役者になろうという人には是非、色々な方のお話に耳を傾けてほしいのです。
「感性が磨かれるから」
が理由なのですが、異業種だからとか、趣味が違うとか、後輩だからとか・・・
こんな理由で色々な人の話を聞かないのはもったいない。
なぜなら、感性が磨かれたり、役作りのヒントや、今自分がつまっている壁の突破方法のヒントは色々なところに隠れている訳です。

例えば、、、、「聞いた剣道のあの練習方法は芝居の中の距離感をつかむのに使えるな」などなど、どこでアイデアや、ひらめきがくるかわからないのです。

無論、役者の先輩や先生のお話を聞き漏らす事があってはいけません。
しかしながら、それが自分に合うか会わないか、(やらずに判断するのは愚の骨頂ですが)選択し、自分の進むべき道を決めるのは自分自身なわけです。

たくさんの役者の方や志望者の方と接して来て思うのが、
”自分の趣味じゃないから”
という、先入観や頑固な思念をもっている方が無茶苦茶多いと言う事。
そんなくだらない理由で人の話を聞かないなんて、なんてもったいないんでしょう。

例え、そのお話が10あるうち、9が自分の考えとそぐわなくても、1の有効な情報があるかもしれません。
また、その有効な情報を広げて行く事こそ、役者修行の一環と私は考えています。

posted by 武藤賀洋 at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月05日

耳は大切

今日は投票祭のお稽古をしてきましたが、やはり、お芝居を真剣にやろうとすると、時間がいくらあっても足りません。
今回は私、長谷川奈美さんとチームを組んで浅戸あきらとして、この投票祭に挑みます!!
もちろん、演出は私、武藤が担当します!! あのアメリカはブロードウェイの巨匠ニールサイモンの『名医先生』を原作にした、甘く切ないラブストーリーを展開します!是非、ご期待ください♪


さて、本日は『耳は大切』という事について書いてみたいと思います。
以前にも「アクセントについて」という項目でも触れていますが、耳を鍛えると言う事は役者さんにとって必要不可欠と考えています。

20101105_a.jpgこれは「すべての音は耳から入ってくる」という事につきますが、素晴らしい役者さんになると、とても耳が良い事に驚きます。

役者さんになろうと思ったら、発声練習や滑舌、感情のコントロール、仕草、型と言ったごくごく基本的な練習はもちろんの事、”耳を鍛える”と言う事をしなければいけないと考えています。これは単に、耳がよく聞こえる、ということではなく、”違いのわかる耳”を持つ、という事なのです。

例えば、声優さんやアナウンサー、俳優さんの修行の中で、ほぼ最初にやるのが、発声や(滑舌を含めた)アクセントのトレーニングですが、これは無論、所謂"共通語"をマスターするためのものなのです。しかし、「言えて」おしまいではありません。何故ならば、お芝居の役はすべてが標準語、共通語をしゃべるとは限らないのです。このアクセントの練習で耳をより鍛える事で、”アクセントの違い”がわかるようになり、耳で聞き、きちんと認識する事で初めておしゃべりできるようになるわけです。

ーーー赤ちゃんもそうですよね。耳が発達することで、だんだんとおしゃべりが上手になる。

また、こう言う事もあると思います。自分の好きな声優さんや俳優さんの物の言い方があったとします。それを練習の中で真似をする時もまず、聞く訳です。そして、次に真似をしてみる。と同時に自分の発した音も耳で聞く訳です。

更に、舞台などで効果音や、BGM、相手方の台詞、装置や道具などの音を良く聞く事、それによって反応する事で「目」だけでわからない反応をする事ができます。

別の話になってしまいますが、「台本を覚える」というのも、一日一回、声をだして、(ト書きも総て)読むだけでも、進捗が違ってきます。目の情報だけではなく、自分の声を聞き、耳から入った情報というのも加味されますので。

話を元に戻して、俳優さん、声優さんは『違いのわかる耳』を鍛えるべきだと考えています。
音の高低、抑揚、大小、強弱、、、総ての音は耳から入ってくる訳ですから、自分で練習しているときも、お稽古で他の人のお芝居を見て聞いている時も、”前回との違い”や”自分との違い”を漠然とはではなく、明確に把握する事によって、自分のお芝居に磨きがかかると思います。
耳をより鍛える事、違いを耳で意識することで今までの基礎練習の進歩も舞台作品のお稽古の進捗もちがってくる、私はそう考えています。
タグ: 役者 違い
posted by 武藤賀洋 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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