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2010年12月31日

イメージすることって大切です。

ちょっと間が空いてしまいました。

年末ともなると師走というくらいで、走りまくっていました〜〜
18日の投票祭に来ていただいた皆様、ほんとうにありがとうございました!

さてさて、本日の記事は『イメージすること』について考えてみました。

お芝居をしようと思ったら、イメージすることは切っても切り離せない事なのです。
私が役者修行をしていた時に先生から「役者の仕事は想像して創造する、これに尽きる」と教えていただいたものです。

さて、この想像、簡単なようでいて、実は安易に考えられないと感じています。

それはですね、”詳細まで想像する”ということなのです。
昨今は、メディアの発達により、映像化や音声化がもの凄く早く、同時に詳細に現れるようになってきて、とても便利であります。
しかし、これは一長一短があると私は考えています。
つまり、そういった作品を楽しむ分には何も考えずに(ちょっと語弊がありますが・・・)楽しめば良いのですが、これらを創る側に立ってみると・・・色々考え、想像しなくてはいけません。

見ている(聞いている)側、つまりお客様は何も考えずとも、提供されたものでその世界観が楽しめなければなりません。つまり、それだけ創る側になれば、詳細なところまでイメージしなければまず不可能な事な訳です。

例えば、ある役を演じようと思ったら・・・
 ・年齢
 ・家族構成
 ・その時の(場面の)場所
 ・時間
 ・季節
 ・その人物の生理状況(寒いのか、健康なのか、空腹なのか・・・などなど)
 ・その人物の背景(履歴でしょうか。)
などなどを詳細に、事細かに想像しなくてはなりません。これが仮令、台本に書いてなくても、作品中に出なくても用意しておかなければ、その役に深みは出てこないと思います。

私も覚えがありますが、「先生や周りの目」というものをこと、新人さんの時には想像に入れてはいけません。邪魔になるだけです。無論、特に舞台などでは、お客様の反応という部分をある種冷静に捉える事は大事なのですが、それは役について、十分に練った(想像した)後に自然と反応できるようになって行くものだと考えています。
つまり、役に対して真摯に向かい合うのでなく、ある種の”自分”という邪魔者が想像の中に入ってしまうと、余計に周りから見ても実に中途半端なモノになってしまう危険性があります。

話を元にもどして、モノをつくる、役を創るという事の根本は真摯に向かい合い、想像する事が第一歩であり、一番重要だと私は考えています。

ラベル:想像 イメージ
posted by 武藤賀洋 at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月28日

お誕生日、ありがとうございました!

演出部武藤です。

お誕生日のお祝いメール、メッセージなど、劇団新和座サイトよりお寄せ頂き、
皆様、本当にありがとうございました!
皆様の力強いお言葉を胸に、また1年間、精一杯精進して参りますので、
今後ともご指導、ご声援、頂けますよう、よろしくお願い申し上げます。

とっても嬉しかったです!!
いくつになってもお誕生日は嬉しいものです!
本当にありがとうございました☆
posted by 武藤賀洋 at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月17日

冷静さとアツさと情熱と冷徹さと。

いよいよ明日に迫りました!
素敵なクリスマスプレゼントもあたる!
劇団新和座の投票祭!!
不肖武藤も役者をプチ復活して出演します〜
ご興味ある方は是非、ご予約くださいね☆
当日券もあるそうです♪
詳細はコチラから(PC/ケータイ共通)

さて、今日は「冷静さ」ということについて考えてみました。

特に舞台の公演、本番についてですが、当然の事ながら、役に集中し、舞台を構築していかなければなりません。
昔、私の師匠に言われた事ですが・・・
「俳優はある種、冷静さをもって舞台に立たなければならない」
と言われたことがあります。

つまりは、役に集中するのはもちろんの事、役者として、その時、その場の雰囲気、相手役の立ち居振る舞い、鼓動、自分の調子をきちんと把握して、と同時に、自分の一挙手一投足、IMG_8574.jpg他の出演者の動きに対してのお客様の反応を肌で感じ、瞬時に適応、反応できなくてはいけないのではないか、という考えです。とっても難しいですが、これはお客様に楽しんで頂くために磨かないといけない能力だと私は考えています。約束段取りや自分自身のイメージに固執してしまったりするとなかなか難しいことではあります。役というものに集中しつつも、常に冷静に場の雰囲気を感じ取れる事、その感じ取ったものに対して、対処、適応していくことが自分の表現を、思った事を、云いたい事を、よりお客様に伝える事ができる近道ではないか、そう考えています。


台本どおり、練習やお稽古でつんだ研鑽通りにやればいいのでは?
そんな疑問も聞こえてきそうです。
しかしながら、最大のポイントは「お客様はしらない」という事なのです。もっと言えば、お客様は台本を持ちながらお芝居を見ている訳ではない、と言う事なのです。
つまり、台本には書いてない事が起こり得たり、テレビや収録と違って、お客様の反応に応じてその時その時で対処をして行かないと、カチカチの悪い意味での緊張した空間になってしまうと考えています。無論、練習やお稽古で研鑽を積み、こうした事を考慮しつつお客様に空間を提供する為に訓練してく他ないと考えています。


お稽古場でも常に、自分が役として出ていない時は、脚本から目を離し、そこで行われている空間を感じ、自分が役として何かをしている時は、他の役、観ている人の視線、気持ち、反応を肌で感じ取ることで、かつ、その感じ取った事を次のお稽古で反映し、繰り返してゆく事で、”冷静である”ことの訓練になるのでは、と私は考えています。
ラベル:冷静さ 状況判断
posted by 武藤賀洋 at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月15日

衷心よりご冥福をお祈りいたします。

偉大な演出家、戌井市郎先生が本日、お亡くなりになられたそうです。

先生の作品、とっても好きでした。
私は先生のようになりたいといつも思っておりました。
無論、足下にも及びませんが・・・

先生のご冥福を衷心よりお祈り申し上げます。



【産經新聞より】
演出家の戌井市郎氏死去 94歳 杉村春子さんらと文学座創立

死去した戌井市郎さん(演出家)
 日本を代表する舞台演出家で劇団文学座代表の戌井市郎(いぬい・いちろう、本名・市郎右衛門=いちろうえもん)さんが15日、死去した。94歳。葬儀・告別式は近親者のみで執り行い、後日、劇団葬を行う。
 京都市出身。母方の祖父は新派俳優、喜多村緑郎。京都第二商業学校を卒業後、昭和10年に研究生として創作座に入り、12年、杉村春子さんらとともに文学座の創立に参加。以来、約70年にわたり、同座ほか、新派、新作歌舞伎などの演出を手がけた。主な演出作品に、杉村らが主演した「女の一生」「華岡青洲の妻」「ふるあめりかに袖はぬらさじ」、坂東玉三郎主演の「天守物語」などがある。
 57年に紫綬褒章、63年に勲三等瑞宝章を受章。日本劇団協議会会長などを歴任し、長く文学座代表を務めた。著書に「芝居の道」がある。

http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/101215/tnr1012151338008-n1.htm
posted by 武藤賀洋 at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月10日

距離

今回の記事は「距離」。

お芝居をしているどうしても”距離”というものと切っても切り離せないと考えます。
これは他の出演者の役との物理的距離感および論理的な距離感の二つに分けられると思います。

例えば舞台上、演出によって舞台の上下に分かれて立つ恋人同士。
しかり台詞はとっても甘いささやく会話。
これを(技術的な声の響かせ方などは別にして)相手との本当の距離分の声で演じたら・・・
二人の間柄は台無しです。

20101210_b.jpgつまりこう言う事なのです。
役者さんは実際の距離(物理的な距離)と心の距離(論理的な距離)の二つをきちんと把握してお芝居をしなければならい、
と私は考えています。

特に難しいのが論理的な距離です。
これがなかなか難しい。
なぜかと言えば、台本上に書いてない事が相手役によって変わってくる訳ですから・・・
相手の表情や物の言い方、仕草をしっかり見て聞かなければ、この論理的な距離を伸ばす事も縮める事もできません。

アテレコの世界でもそうだと思います。
物理的にマイクの位置が離れていても恋人同士の臨場感を演じなければいけない局面は多々あると思います。
反対に隣のマイクでおしゃべりしているのに、国際電話で会話しているようなシーンもあるでしょう。

つまり、その場所の制約(演出や収録の都合、劇場などの都合)を経て、更に役同士のその時その時の距離や方向をきちんと把握しなければ、作品が台無しになってしまいます。
専ら、物理的な距離だけに目が行きがちですが、それだけでは足りません。足り無いどころか、そればかりに目が行ってしまうと自分勝手な誰も相手にしない、他の人が出ているのにまるで一人でやっているようになってしまう訳です。

同時に相手役ばかりでなく、台本上、いっさい接点の無い(台詞をかわさない)役とも論理的な距離はかならず存在しますし、舞台で言うなら装置、小道具、衣装などなどに対しても論理的な距離および物理的な距離をきちんと把握するべきだと私は考えています。
ラベル:演劇 距離 方向
posted by 武藤賀洋 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

だが我々は愛のため〜

以前にも書きましたが、「お稽古は自分のためにあるのではなく、他人のためにある」と私は思っております。
これは練習とお稽古は別という考えがあるからなのですが・・・

簡単に言えば練習は自分でする自分の為の物。段取りを確認したり嫌ってほど繰り返したり・・・
お稽古は演出を交えて、作品を作って行く作業だと考えています。
中には練習で満足してしまって、いざお稽古の時に変われない、という本末転倒な事が起こったりしますが・・・

さて今日は、心構えというか「人のためにやる」ということを考えてみました。

例えば、アルバイトをするのは何の為でしょう。
お金がほしいから?生活のため?何かが欲しいため?
それらすべてだと思います。
しかし、これが会社員だったりしたら若干違ってくると思います。
仕事に対してや会社や組織に対してのある種の責任というモノができてくる訳です。

お芝居をするのは何の為でしょうか?
自分が有名になりたいから?お芝居をしていると楽しいから?自分が目立ちたいから?
どれも正解だと思います。
しかし、仕事でお芝居をするのだとしたら、これらに
作品の為やスタッフの為、役の為、共演者の為、ひいては(劇団などの)組織の為という自分の為以外の要素が入ってくると思うのです。
(また、お客様へ向けてという要素ももちろん入りますがこれはちょっと今回のお話とずれてきますのでまたいずれ・・・)

もっと言うと・・・
例えば、皆さんがファーストフードのお店でアルバイトしていると仮定します。
これは単純には、ファーストフードのお店で働いた結果は多かれ少なかれファーストフードのお店の為になっているわけです。
だから、時給と言う対価がもらえる訳です。
自分の目的が「お金を稼ぎたい」であったとしてもそれとは別のところでお店の役にたっているわけであり、知らず知らずのうちに「お店」という他者の為に働いてしまっている訳です。

お芝居でも仕事をする以上、同じ事が言えます。
自分の目的がなんであれ、組織や作品、他の人の為に動いている訳です。

これが、自分の目的ばかりを優先して、他者という要素を無くしてしまうと、次の仕事が来ません。
つまり、アルバイトでも何でも、同じ実力があれば、お店の為や組織の為に進んで仕事をする人は長く続けられ、知らず知らずに自己主張ばかりしてしまう人はどんどん場を失って行ってしまうと思うのです。

これは、偉い人でも同じで、会社の社長さんでも、自分の都合ばかりを優先していては、お金ばかりか自分の仕事自体を失うこともあり得るかもしれません。

他者の為に仕事をするこということはある時は本当につらいかもしれません。
しかしながら、そうすることで対価を得、ひいては自分の評価もあがる事を忘れてはいけないと思います。

プロであれば他人の為に仕事ができる、私はこう考えています。
posted by 武藤賀洋 at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ワークショップをしてきました☆

12月4日に神奈川県にある、逗子開成中学校・高等学校にお招き頂き、土曜講座という枠の中で演劇ワークショップをさせていただきました!!

私、武藤、役者の道を志す方と共に研究する事はもちろんですが、中高生向けのワークショップ、実に5年ぶり位でしたので緊張しました〜どんな子達がいるのかと・・・

しかし、そんな事は杞憂に終わりました!

皆さん、すごく素直で元気のよい方々でした☆
なんでも昨日の大雨で期末試験が月曜日に伸びてしまった学年の方はご参加されませんでしたが、いつかは一緒にお芝居に向かい合いたいと思います!!

今日、もちろん、ワークショップですから、私どもの方から色々な課題を提供したのですが・・・いやぁ〜若い感性というのは本当に刺激になりますし、勉強になります!

課題としてはシアターゲームを前半に。
そして常に私が伝えている「きっかけ」が大事という部分を詩の表現を通じてじっくり行いました!
さらに、後半はとあるテキストを用意して、台本を少し研究しました〜
お手伝いに来てくれた劇団新和座のならりえと中学生・高校生のお芝居が私にとってはとっても新鮮でした〜


20101204_b.jpg思い切り身体を動かして課題に取り組む子、
イメージを最大限に活かして取り組む子、
初めてながらもきちんと課題を噛み砕きながら取り組む子、
他の人への'ダメ出し'をきちんと聞いて、自分のお芝居に活かす子、
柔軟な発想で元気よく取り組む子、
やる度にどんどん進化していく子、
自分のイメージをどんどん膨らませながら取り組む子

皆さん、本当にひたむきに向かい合ってくれました♪
彼らを見ていると、本当に初めて触れた感触、お芝居を初めてやった時の事などを思い出します。
さらに、技術の面でも、次の公演に活かせそうなヒントをもらいました!

いやぁ〜色々な刺激を受けた素敵なワークショップでございました☆
ならりえも色々刺激を受けたようでした!!

逗子開成中学校・高等学校の先生方、参加された生徒さん達!!
今日は本当にお疲れさまでした!
私どももとても勉強になりました!!ありがとうございました☆
また、機会がありましたら、一緒に研究をしてみたいと思います!!
そして、いつの日か、一緒に舞台を作れると嬉しいですね☆
posted by 武藤賀洋 at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月03日

遊びすぎるほど遊ぶ☆

先日、劇団新和座で行われるイベント投票祭
リハーサルが本番の会場である、保谷こもれびホールで行われました

いやぁ〜各チーム、本公演では見せない側面が多々あって面白いですね〜〜
私としては、各チームの必殺技や弱点部分の解析をしておりましたが、いやぁ〜どこのチームも思い切りやっていて、なかなかどうして強敵です。
今回は私も浅戸あきらとして出演しますが、、、若いパワーにはまだまだ負けませんよ〜
是非、ご期待ください☆


さてさて、今日の記事は『たくさん遊ぼう!』という事なのですが・・・
前提として、[良いお芝居をするために]「たくさん遊ぼう!」と言った方が良いかもしれません。


このブログをご覧の方の中で学校や養成所に通われていたり、これから通おうと考えていらっしゃる方、新たにお芝居を始めようとかんがえている方がいらっしゃると思います。

厳しい学校や養成所では修行中は『遊ぶなんて持ってほか!』とおっしゃるところもあります。
私としてはこれは大賛成です!!!

へ?!
言っている事違うじゃねーか!
と思われるかもしれません。

僕の考えをはっきり書けば、
『役者を志す人で'切り替え'ができなかったり、'遊ぶだけ'の人は遊んでも無駄』
と思っているのです。


お芝居に取り組みはじめると、やることが沢山あって遊ぶ暇がなかったりします。発声練習に滑舌練習、毎日(毎週)のお稽古に自分自身の練習、台本を読んだり、役作りをしたり・・・はたまたバイトを20101120_y.jpgこなさなきゃ行けない時もあるでしょう。物理的に見ても遊びに行く時間がないのです。だって、ライバルは遊んでいる間にも練習をしつつ、次のお稽古に向けて一歩も二歩も進んでいるのですから・・・

反面、遊ぶ事の効果もやはりあるのです。
ここで大事なのが”遊んで終わり。”じゃ駄目なんですが・・・。

役者は感動を与える、人が相手の職業ですから、心に余裕がなければいけません。心の余裕はどこから生まれるか。それは人それぞれあると思います。彼や彼女と一緒に居る時だったり、ゲームをしたりする時だったり、どこかに出かける時だったり・・・反対に余裕が生まれないのは日々の生活に追われてしまって・・・練習やお稽古さえ義務に感じてしまう場合は、心の余裕どころか、反対に心が狭まって視野狭窄に陥ります。

そこで思い切り遊ぶ事で心に栄養を与えてみる。
映画を観に行くのも良いでしょう。
ディズニーリゾートに行って、無茶苦茶遊ぶのもいいのでしょう。
美術館に行って、画を見るのもいいでしょう。
舞台を観に行くのももちろんいいでしょう。
水族館に行って、イルカにさわるのも良いでしょう!!
深夜にあてもなくドライブするのも良いでしょう☆☆☆


ただし!
ただしですよ?!
ここで切り替えがうまくできないといけないわけです。
役者としての切り替え。
ただ、楽しかった・・・また行きたい。
しか思わない人は遊ばない方が良いでしょう。
もの凄く、極端な言い方ですが、遊んだ結果というか成果、収穫をお芝居に反映させることを考えたり、遊びに行った先々で様々に感じた事をお芝居に活かす事を考えなければ、役者として遊びに行く意味が無いと思うのです。

「生」のモノ、舞台や遊園地、美術館などいった、生のモノにふれあい、切り替えをうまくして遊ぶ事が役者・表現者としての感性を高めると考えています。遊びにだけおぼれてしまって、練習や稽古が疎かになるなどは論外ですが、趣味や遊びを通じて、自分の表現が広げていくことをして、心の余裕を持つ事が役者にとって大事なことではないでしょうか。ですので、是非、気持ちの切り替え、時間の切り替え、場面の切り替えをうまくして、眠る時間を削っても、よく遊び、よく練習し、よくお稽古をし、感性を高めて行く事が必要だと私は考えています。
ラベル:遊び 感性 余裕
posted by 武藤賀洋 at 20:11| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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