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2011年01月28日

出る側と見る側

いやぁ〜この時期になるとインフルエンザやら、風邪やら・・・
早くも花粉なんてキーワードも聞こえてきますね。。。
実は私、風邪をひきまして、、、いやぁ〜面目ない。
こじらせないようにしております。

さて、さて、今日は『見る側と出る側』ということを考えてみました。

テレビ一つとっても大きく分けて出る人と見る人が居る訳です。
お芝居を仕事にしようと思ったら、もちろん、出る人にならなければいけないわけですが・・・

これが勉強を始めた時はなかなか難しいと思うのです。

『出る側とは言い訳できないし、常にサービスを提供し続けなければならない』と考えます。
つまり、テレビにしろ、舞台にしろ、ラジオにしろ、ドラマCDなどの媒体などなど・・・
出る以上、言い訳はお客様には言えないわけです。
どういうことかと言えば、例えば、あなたが作品に声の出演する機会があり、その作品が発売されたとします。
しばらく立つとその作品の事がインターネットで話題になったとします。
「いやぁ〜メインキャラは良いんだけれども、このキャラ(あなたが演じた役)が作品をぶちこわしているよね。」
などと感想をかかれたとしても、それを活かすことはしても、それに対して言い訳したり、言い返したり、凹んだりなんてできないわけです。
いや、人間ですから、凹みもするでしょうし、嫌な気分になるのは当然です。
その日の体調が悪かったのかもしれません。たまたま、あなたのお芝居にあわないキャラクターだったのかもしれません。はたまた、演出やキャスティングが良くなかったのかもしれません。
色々あれど、この感想、意見に対しては、けっして言い訳ができないのです。
何故ならば、仕事だからなのです。これでお金をお客様から頂戴しているわけですから、言い訳ができないのです。
同時に止める事も許されません。他の出演者やスタッフが居る訳ですから、一人の私情や理由で収録やお稽古を中止するわけにはいかないのです。
なので、いくら批判されても、批評されても、また褒められても・・・
それは我々を育ててくれるご意見なわけですから、どんなご意見にも言い訳はできないのです。


反対に”見る側”はどちらかというと気が楽かもしれません。
つまらなければ、見なきゃ(聞かなきゃ)いいだけのことですから。
テレビで例えるならば、面白い番組がやっていなければ、チャンネルを変えれば済む話です。
ですが、出る側はそうは行かない訳です。

出る側の人間になるということは、とてつもなくストレスになることもあります。
しかし、それを乗り越えて、常にサービス精神を発揮して、お客様に色々なモノを届ける気概や気持ちが必要なのだと私は考えています。
posted by 武藤賀洋 at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月21日

歳をきかれます?

今回の記事はは役作りする中で『年齢』についてお話したいと思います。
役に向かい合うためにはイメージすること、想像する事がとても大事だと私は考えていますが、
その中でも『年齢』というキーワードはとても大事なものになってきます。

結論から言いますと、『年齢』というものは、役づくりにおいてとても大事な要素でありますが、
それにしばられてもいけない、そう考えています。

例えば、とある台本を読みつつ、その役の年齢を参考にすることはとっかかりにもなりますし、
他の出演者やスタッフと認識をあわせるのにとても便利な数値であります。
しかし、この年齢というものがちょっとクセモノだと私は考えています。

どういう事かと言うと、
『年齢というある種の指標は、参考にはなるけれども、色々な側面で共有できない』
のではないか、と考えています。

これは自分の実年齢と違う年齢設定が台本上に書いてあったとしても、それは、読んだ人間によってイメージする印象が著しく違うと考えるからです。

例えば、17歳の役があるというときに、
ある人は
 ・やんちゃな時期だね〜
と思ったり、
またある人は
 ・受験勉強をたくさんして、きっと一生の内で一番勉強した時期
と捉えるかもしれません。
無論、その台本にかいてある情報に即したイメージはできますが。
また、もう一方で例えば、'声'についても…
”17歳”をイメージした時の声というのは人それぞれ違うと思うのです。
また、17歳を若いと感じるか、躍動的な年齢と感じるか、17年間生きた人間と考えるかによって変わってくると思います。


実際に具体的に年齢という指標はとても解り易いものだと思います。
しかし、演出家を含めて、この値に対して、合致するイメージが必ずあるかと考えるとなんとも抽象的な感じになってしまいます。


私の考えですが、こうした場合、他の登場人物との比較をすることによって、より具現化するのではないでしょうか。
実年齢もそうですが、台本の舞台となる中心的話題でも比較の対象になると思います。例えば、とある物語の舞台が『被服業』だっとしたら…

AさんはBさんよりも若いだろうけども、被服にかんしてはBさんよりも経験豊富

などなどとイメージできると思います。


こうした詳細なイメージを組み合わせることによって、年齢―――その役の若さが捉えることができると思います。
同時に、こうした中で、大事だと考えているのが、
『どういった経験をしているのか』
ということです。

その登場人物には必ず背景が存在します。
登場人物が登場するその瞬間までに、他の登場人物、または登場しないけれども、関わったであろう人物とどこで何をしたからこそ、その登場人物の行動になったのか、ということを明確にイメージすることの方が大事だと私は考えています。
posted by 武藤賀洋 at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月19日

唐突ですが、今回は『愛』ということについて触れてみたいと思います。

私は作品に取り組む際や、学校の講座などでごくごく最初のほうにこういうことを言います。
『僕の作品のテーマ、究極は”愛”だと考えています』と。

愛って、とても難しいと思います。

言葉では一字だけですし、愛という言葉があらわすであろうものは多々あります。
例えば、「親子の愛」、「子弟の愛」、「師弟の愛」、「恋人同士の愛」、「兄弟愛」などなど・・・
数限りないものですし、世の中にはこの”愛”というものを歌ったもの、あらわしたものが多数出回っていると思います。

私が人間として生きていて、「愛」ほど単純で難しいものはない、と感じる事がままあります。

「愛」だ、なんて書いたり考えたりすると、恥ずかしかったり、面倒だったり、、、はたまた、重い、、、と感じてしまいます。

しかし、お芝居をする上において(人間関係でもそうですが・・・)人々をつなぐ根本は『愛』という感情であり、
思いなどではないか、と私は考えています。

登場人物同士が、たとえケンカをしている間柄でも、その背景には何か理由があり、そこには必ず、双方にして、
必然とも言えるべき理由が存在するわけです。(でなければ、薄い物語になってしまう気がします。)
利己愛かもしれませんし、利他愛かもしれません。

そうした中で、登場人物同士の(たとえ物語上、絡まなくても)関係性を考えて行く際に、『愛』というものは非常に重要なキーワードであると同時に、この『愛』ということを根本に考える事によって、物語が一つも二つも違って見えてくるかもしれません。
そうすることによって、役作りのヒントになる部分や、新しい役についての気付きが発見できるかもしれません。

最初にも書きましたが、私が作品に取り組む際、究極には『愛』ということがあらわすことができればいいな、と思っています。
posted by 武藤賀洋 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月14日

大きく開けて。形も良くして。

声が小さかったり、滑舌が悪かったりする人は大抵、『口の形』が悪いと思います。
口の大きさ勿論大事ですが、『口の形』は気にするべき事だと思います。

人はそれぞれ、違った口の形を持っています。
それを発声するときに動かすわけですが・・・動かした時の口の形もそれぞれ違うと思います。(大まかには似ているとは思いますが・・・)

発声をしながらもほほ、口、舌の動き、歯の関わりを自分で意識できなければいけないと思います。
意識することで、自分の発声や滑舌の弱点部分がはっきりしてくることもあります。

例えば・・・『あ』という口の形を作り、止めます。
ほほの動き方、止めた時のほほの位置、のび具合・・・
上唇の位置、弧の描き、下唇の位置、動き方・・・
舌の位置、歯のぶつかり具合・・・

『あ』の発声だけでも色々と確認することがあります。

そして、これを鏡を見ながら、一音一音確認し、例文などを練習するときは、読みながら、無意識に形をすることができるように、且つ意識的に各部位の動きが確認できるようにすることが望ましいと私は考えています。

滑舌例文でつまずく事ってありますよね。
そういう時は口の縦方向の開き、形を意識するとうまく行く場合があります。
これには口を大きく開くという効果と普段あまりつかっていない動き(なのでつまずく要因の一因だと思われます)が動く事によって、解消される場合があるわけです。

良い口の形で良い声、大きな声の発声を目標に大きな口を開けて発声練習する事が発声の第一歩だと考えております。
タグ: 発声 滑舌
posted by 武藤賀洋 at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 基礎練習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月07日

Easy? No! It's not easy!!

基礎練習というものがあります。
これはお芝居に限らず、どんな仕事でも、スポーツでも、芸事でもあります。

実はと言うと、私、この基礎練習が大っきらいでした。
役者修業時代。
その時の気持ちを今、考えてみると、酷い物です。
「なんとかごまかせないかな」
「走るの嫌だな」
「滑舌も完全には言えないけれども、だいたい言えているからいいか」
・・・などなど酷い物です。
自分に甘いと言うか・・・

さて、皆さん、”基礎練習”と聞くとどのようなイメージを持ちますか?
「簡単な練習?」
「基礎的な練習?」
(日本語の)イメージとは怖い物で、基礎=簡単ととらわれがちです。
もちろん、これは誰でも練習すれば、ある程度はできる内容が多い訳ですからあながち間違っているわけではありません。

が!
これを簡単な練習と思って疎かにすると、大変なことになります。

基礎練習とはeasyな練習ではなく、basicな練習なわけです。
つまり、文字通り、基礎を成す練習なわけです。
これを怠ると台本練習してみたところで、何にもなりません。
特に芸事は1日サボると3日分後退すると言われています。
一見して基礎的なものこそ、その仕事(お芝居も含め)、その正体であり、綜合そのもののように感じています。


ここで注意をしなければ行けないのが、基礎練習をする目的をきちんと持つということです。
例えばランニング。
アスリートになるわけではないのですから、早さを求めてもあまり意味を成しません。
2〜3時間という公演時間に耐えるう体力がつける目的があれば、適度な練習量が導き出せます。
また、同時に、精神を鍛える目的ならば、ぶっ倒れるまで走るもの目的の一つです。
先ほど「早さ」も出ましたが、役が「如何に速く走れるか」を追求している役であれば、早く走ることも大事だと思います。

つまり、基礎練習は目的を持って、基礎的な(ベーシックな)機能を鍛える、
その鍛える目的をきちんと持てば、上達も早くなると思いますし、なによりも楽しくなるものだと思います。
目的や効果を知らずにただ、やみくもにやっても辛いだけです。

私も今は、楽しみながら、基礎練習を行っています。
しかし、若い時の私に教えてあげたいものです。。。。ベーシックなんだよ、と。
posted by 武藤賀洋 at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

抱負

2011年も明けて、もう、七草ですね〜
年末年始、暴飲暴食をした私は・・・七草がゆを本当は食べなければならないと思いますが・・・
朝から脂っこい食事をとってしまいました・・・

さて、さて。
年も明けて、今年の抱負を考えてみました。
『一年の計は元旦にあり』
なんていうことがありますので、元旦には考えていたのですが・・・


20110107_a.jpg

劇団新和座の石井かほるのように毛筆で書きたかったのですが、ブログ用にはこちらでご勘弁ください。


『魂』
つまり今年は何に対しても『魂』を込めるという事を念頭に仕事、生活をして行きたいと思います。
(おいおい、パソコンで書いた画は、、、魂が・・・というのはご愛嬌)

いや、今まで魂込めてやっていなかったわけではないんです。
しかしながら、慣れや、繰り返しなんてやっていると、
 「まぁ、いいかな」
 「このへんでいいかな」
 「これくらいでいいかも」
などなどどうも中途半端な気持ちが出て来て、かないません。
ですので、全ての事、細かい事にまで至まで『魂』を込めて行いたいと思います。

『仏作って魂入れず』ということわざもあります。
このことわざの意味は
"努力して物事を殆ど成し遂げながら、最も肝要な一事が抜け落ちているということ。肝心な一点が抜けていたら、完成したとは言えない。"
ということですが、形ばかり気になって肝心の心や魂が入っていなければ、それは嘘になってしまいます。
ですので、今年は、仕事にも学習にも遊びにも生活にもきっちり『魂』を込めて挑んで行きたいと思います。

卯年、ぴょんぴょん跳ねるウサギの如く、私も劇団新和座も飛躍して参ります。
どうぞ、2011年もよろしくお願いします。
タグ: 卯年 抱負
posted by 武藤賀洋 at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月01日

あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりました。
たくさんの方にご支援、ご声援賜りまして、誠にありがとうございました。

今後もさらに研鑽し、一生懸命つとめて参りますので、
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


平成二十三年 元旦
舞台演出家 武藤賀洋
posted by 武藤賀洋 at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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