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2011年05月27日

求められる事と求める事、自分を知ること

早いもので5月ももう下旬であります。
知らず知らずのうちに半年にさしかかろうなんて…早いものです。
年齢を重ねると時間が早くなる、と先輩に言われた事がありますが、まったくもってそのとおり。
1日があっという間に過ぎて行ってしまいます。
しかしながら、その1日をボーっと過ごすのと何か目的をもって過ごすのとでは大分違うんだなぁ〜
と最近すごく思います〜

さて、今日は「求めることと求められる」というお話、自分を知るべきというお話をしたいと思います。

ここに恥ずかしながら1枚の写真があります。
20110527.jpgこれ、私、武藤賀洋なわけですが…このおっさんが、ビジュアル系バンドのボーカルの役をやる、と言ったらネタ的には面白いかもしれませんが…どうにもこうにも格好がつかないと思うのです。でっぷり肥えているこの顔では似合いません。ですが、とある中学生のお父さん役をやると言ったらそりゃあもう、いい味がでるかもしれませんね。

そういう事なのです。いくら自分がかっこいい役をやりたいと思っていても、周り(お客様や演出、監督など)から求められる事は違う場合が多いのです。

自分が好きだからこれをしたい、こういうことをしたい、こういう役にしたいと思うのは大いに結構ですし、研鑽するべきことだとは思います。しかし、これが仕事ですとそうも言ってられないわけです。仕事、つまりは依頼があるわけですから、その依頼について100%以上の出来で応えなければいけないわけです。それは得てして自分が”求めている”ものは少なく”求めれる”事とは違う場合がままあるわけです。

例えば、殺陣が得意だからと言って、企画にも演出意図にもない動き、アクションを入れてしまったら、そりゃあ作品が壊れてしまいます。自分が出来るからと言って必ずしも求められているとは限らないのです。

お芝居を勉強しているとこの「求められている事」に悩む場合があります。
この悩みを解決するにはどうしたらいいか…それは自分を知ることなのです。
もちろん、自分自身の事は自分がよく知っているわけですが、『他人から見た自分』というのは不明な部分が多いこともまた事実です。
外面―――自分の姿形、身長、重さ、顔のつくり、声、表情などなど―――はもちろん、自分の内面も客観的に見て、自分を深く知る事が大事なわけです。
こうすることで、現場で自分が何を求めれているのか、何をなすべきなのかはおのずと分かってきます。この客観性を疎かにすると自分の経験や凝り固まったイメージばかりに惑わされて、監督さんや演出、果ては共演者や他のスタッフにまで違和感を覚えられてしまいます。

求めていることと出来ることと求められている事は違う―――これを十二分に認識し、自分を知ることは役者修行にとってとても大事な事だと考えています。
posted by 武藤賀洋 at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月20日

正解と不正解

夜風が気持ち良い5月の夜ですね〜
GWも過ぎて、だんだん日中の気温が高くなってきて、夏に近づくようです。

さて、今日のお話は「正解と不正解」というお話です。

この武藤賀洋・演出ノートblogの最初の方の記事でも書いております通り、私は『芸術に答えはない』と考えております。

これはすべてが正解であり、すべてが不正解でもあるというふうに捉えることもできるかと思います。

例えば、レッスンなので複数の先生が違う事を言っていたとします。
どちらが正しいのでしょうか…
きっとどちらも正解なのでしょう、正しいのでしょう。

芸術にはマニュアルや正解、正しいやり方などは存在しません。
確かにセオリー的なものはありますが、それが全て正しいとは限らないのです。

”これだけやれば良い!”というものも残念ながら存在しません。
そういうものがあったら、皆役者になれてしまいますよね。(…この言い方もある種の語弊を含んでおりますが…)

しかしながら、『自分にとっての』正解や正しいやり方が存在するのも事実です。
滑舌が苦手な人は滑舌練習を人の4倍はやるのが常だと思いますし、読解力がない人は人の5倍本を読むのもいいでしょう。しかし、この自分にとっての正しいやり方というのが実はあまり効果が発揮されない場合もあるのです。

何故か。

それは自分にとって正しくないか、やり方を間違っているか、成果を考えていないでやっているかなのだと思います。

幸いな事にこのお芝居の世界には色々な先輩方、先生方が開拓された様々な方法が存在します。それらの方法から自分にあった、より成果のある方法を見つけていくことも大切な役者修行のひとつと考えます。

ただし…ここでひとつ頭を柔らかくしなければなりません。

例えば、レッスンなどで、複数の先生がそれぞれ違った方法を教えてくれたとします。
その中から自分にあった方法を見つけたり、身につけたりするわけですが…
最初にその先生方からお話を聞いて、感覚的に合う、合わないで判断することなど言語道断であり、浅はかであり、論外である、ということを付記しておきたいと思います。
何故ならば、やりもしないで成果があるかどうか、自分に合うか合わないかなどわかるはずもないからです。教えを頂いたら、何度も何度もそのやり方で試してみる。そうした訓練の中から自ずと自分にあったやり方、自分なりの正解がみつかるものだ、私はそう考えています。
posted by 武藤賀洋 at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月13日

雑念を振り払う

皆様、こんばんは!
今日は非常に暑かったですね〜〜
なんでも関東地方は28℃くらいまで上がったとか…
今日はさすがに半袖で過ごしました。

さてさて、今日のお話は『雑念を振り払う』ということについて書きたいと思います。

レッスンを始めたばかりの頃はどうしても気になってしまうものがあると思います。
「あ、これをやったら恥ずかしいな」
とか
「こうしたら、皆に笑われるかな…」
とか
「こんな考えだったらおかしいだろうか…」
などなど…

こういう所謂雑念をもってレッスンや練習、お稽古などを行っているとちっとも上達しません。
何故ならば、そういうものがあると身体が悪いほうに緊張し、自分が想像している以上に身体が(おしゃべりも含めて)動かなくなるものです。

また、雑念というのは、知らず知らずのうちに自分の心の中に入り込んできてしまうもので、完全に消すのは難しいです。

しかし、ちょっと考えてみてください。
皆さんの好きなところに行ったとします。そこで大いに遊ぶ、と仮定しましょう。
例えば…ディズニーシーに行って遊ぶ時のことを考えます。
翌日の授業やレッスンのことだったり、宿題の事だったり、仕事の事だったり…
他に気になることがあると心から楽しめないのではないでしょうか。
こういった気になることをとりあえずは忘れて、これでもか!というくらいに思いっきり遊んでしまう!そうすると、目の前の楽しいことだけに集中できますし、帰る時ももう、ぐったりというくらいになると思います。
また同時に遊びに行く人についてもイメージしてみましょう。気の許せる人同士であれば、がはは!と笑いながら、まったくもう!というくらいに楽しめると思います。しかしながら、初デートだったりすると…相手の事が気にかかりなかなか「遊び」に夢中になれません。(この場合、他の事に夢中にはなっていることが往々にしてあるようですが・・・)

以上のことから、お芝居に話を戻すと、課題や作品以外の事を考えていると所謂集中力を失い、進歩や上達が遅くなってしまいます。レッスンや練習、お稽古の場はチャレンジする場所です。失敗をしても良いのです。(私の考えではどれが失敗だかわかりませんが…それはまた別の機会に)思い切り、作品に向かい合い、上記で触れたように気になることをすべてかなぐり捨てて、目の前の役に、課題に、作品に集中する。すると…やり終わった後に疲れ果てぐったりすることでしょう。

こうすることで自分のお芝居の幅が広がり、進歩の幅が大きくなっていく気がします。
また、別の機会に述べますが、ある種の人の目を気にする事は大事なのですが…お芝居のレッスン、練習、お稽古に関しては雑念を振り払い、思い切り目の前の課題にチャレンジすることが肝要だと私は考えています。
posted by 武藤賀洋 at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月06日

井上トロ、お誕生日おめでとう!!

2011年のゴールデンウィークも終わろうとしていますね〜
皆さんはどこかに行かれましたか?
私は…仕事三昧でしたが、月末にでもまとめてフラフラしようと思います。
(常にフラフラしてるだろう〜ということはおいておいて…)

さて、本日5月6日は私の大好きなゲーム、
どこでもいっしょのキャラクター井上トロのお誕生日です!
おめでとう、井上!
さて、このキャラクター、お誕生日もさることながら、色々と設定があるのです。
どんな設定かというと…

本名:井上トロ
誕生日:5月6日(おうし座)
血液型:A型
名前の由来:ひろってくれた井上寿司のご主人が命名
好きなもの:中トロ・なっとう巻き・しゃこ
資格:ボタンつけ3級
将来の夢:人間になること

というような設定なのです。

さてさて、世の中には様々やキャラクターがありますが、どのキャラクターにもある程度の設定があるものです。その設定はもちろんフィクションのものですが、設定があるのとないのとでは受ける印象は格段に違ってきます。

お芝居の役作りにもこれは言えると思うのです。


脚本を渡され、配役が決まると、台詞を読んで、ト書きを理解し、役作りをしていくかと思います。
また、行間(サブテキスト)についても読み込んでいくことが役者さんの仕事のひとつだと思います。

ここではそのサブテキストづくりの一環として、『役の履歴書』を書いてみては如何でしょうか。想像力を働かせて…

とある役の生まれてから、死ぬまでを履歴書形式で興していく訳です。もちろん、物語の最中に生まれて、死ぬまでが書かれていれば、それを基準にしますが、書かれていなければ、自分のイメージを最大限に広げて書いていく訳です。このとき、学歴、職歴、資格、賞罰も書いていくと良いでしょう。また、家族構成も忘れずに書いていきます。。。できるだけ、詳細に…年齢毎に書いていきます。履歴書というよりもその役の年表といった感じでも構いません。

と。ここまでは脚本をよく読めば、誰でも、たぶん小学校でも書けると思います。重要なのはここからです。書いた履歴を丁寧に一行一行検証していきます。―――矛盾が生じていないか否か―――つまりは脚本に書かれた出来事、その役の立場、相手役、他者との関係性について、書いた履歴との矛盾がはらまれていないかを検証していく訳です。この検証作業を丁寧にやることによって、脚本中の行間を作る礎になってくると思います。

履歴、年表を書き、時間をかけてじっくりと検証していく事こそ、役作りの、脚本を読み込む方法の一例だと私は考えます。また、こうした細部までの想像し、形にすることでより詳細で確かな役作りの基礎が出来上がっていくのだと私は考えています。
posted by 武藤賀洋 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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