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2011年09月30日

まずは肯定しないと・・・はじまるものもはじまりません。

こんばんは!
いよいよ9月もおしまいです〜
早いもので今年もあと三ヶ月となって参りました。
9月もあっという間でございました〜
いよいよ明日から10月です!
私事ですが、10月1日劇団新和座の公演チケットの発売日です♪
実は私、喜劇の方がたのしくて仕方ないのです〜
今回は喜劇を演出しました♪
ご興味有る方は劇団新和座公式サイトを御覧ください♪

さて!
今日のお話は「肯定すること」ということについてお話をしたいと思います。

お友達付き合いや、人間関係、家族関係などで、
人から否定されることほど嫌なことはありませんよね。
「それは違う」
とか
「それは間違っている」
とか…
(その人間間における関係性はこの場合考えないものとします)

お芝居でも、演出や監督さんからダメだしされると嫌な気分がしたりしませんか?
この嫌な気分がしているうちは役作りなんかできないわけです。

何故か。

それは、役者さんが先に
’物語’や’登場人物’や’作品’、’演出’について
否定してしまったからなのです。

もちろん、好きで否定したわけではない場合もあるでしょう。
しかしながら、ダメ出しをもらうということは、
どこかしら、そのお芝居を通じて、演出や監督が思っている事と違うこと
はたまた、作品の内容とは食い違った事をしているわけです。
そして、「役」ではなく「役者」としての部分で考え行動している場合もあります。

このブログでも何回か話題に出しましたが、役作りを行う上でもっとも最初にすることは
『役を好きになる。』
ということだと考えます。
これは、単純なことのように思いますが、これがなかなかどうしてできるものでは無い時があります。

もし、自分のキャラクターに合わない役が来てしまったら・・・
もし、自分が嫌いなタイプの役が来てしまったら・・・
もし、自分がやったことのない役が来てしまったら・・・
もし・・・

こうした場合、役を否定して考えてしまうことがあります。
「自分だったらこうしないな」
とか
「自分だったらこうは言わないな」
とか・・・

作品に向かい合う上で、ある種の冷静さは必要ですが、役者個人をして
「自分だったら」
ということをお芝居に出してしまったら、
作品に失礼だと思うのです。

物語も登場人物をまずは肯定し、好きにならなければ役作りは始まらない、そう考えております。
posted by 武藤賀洋 at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月23日

張る。テンションを思い切り張る。

シルバーウィークというものがあるそうですね〜
数年前から出来た言葉だそうですが…曜日感覚がずれているせいか、ゴールデンウィークのようにはピン!ときません。
このシルバーウィーク、皆様はどうお過ごしでしょうか?
遊びに勉強にお仕事に…ちょっと涼しくなってきましたので活動が活発になりますね♪
お芝居を勉強されている皆さんは是非、博物館や美術館、動物園や水族館などなど、『生』で見て空気に触れてみたら如何でしょうか?!

さてさて、今日のお話は
『テンション』
ということに触れてみたいと思います。

このブログでも何度かお話させていただいておりますが、
私はどんなお芝居でも
テンションを最高まで高めておく
事が必要だと考えています。
私のお稽古場では、”テンションを張り上げる”と表現しております。

そもそもテンションとはどういう意味なのでしょうか。

辞書(三省堂 大辞林 )で意味を調べると、
テンション 【tension】
 1 緊張。不安。
 2 物理学で、張力(ちようりよく)。
 3(主に若者語で)気分の盛り上がりのこと。

と出ております。
昨今では主に3の意味で良く使われている事が多いですね。
例えば
「このシーンはテンション上がるシーンだから!」
とか
「ここの泣く所はテンション下げて行こう!」
などとよく耳にします。

しかしながら、私は、お芝居に関して言えば、悲しいシーンだろうと怒っているシーンだろうと喜んでいるシーンだろうと常に
テンションは張り上げておく(最高値まであげておく)
必要があるのだと思います。

私はこう考えています。
役者さんにとって、テンションとは、「気持ちの変化をコントロールするための緊張(状態)」であり、例えば、大泣きするシーン、悲しいシーンこそ、テンションを目一杯あげなければ、涙は出ないと思っています。何故ならば、泣く、涙を流すという行為はとてもパワーのいるものだからです。こういうお芝居の場合、”気持ちは”沈み、悲しいかもしれませんが、(所謂気分の盛り上がりと言った意味で)テンションが落ちていたら、お芝居を見て頂くお客様に届かないのではないでしょうか。”泣く”事も大事ですが、”泣く表現”を見せることが根本にあるわけですから、緊張を高め、テンションを張り上げて望むべきだと考えています。
と同時に実際に泣いた後、何故泣いたかなど考えていると、「悲し」かったり「悔し」かったりするわけです。これを感情に出すことは例え気持ちが落ち込んでいたとしてもものすごいパワーを消費するはずで、泣き終わった後は妙に疲れてはいないでしょうか?!

私の稽古場では常に舞台上、周りに目を配り、様々なことに対応できるように緊張する、いわば、何に対しても反応できる状態にしましょう、という意味で使用しています。緊張の状態といっても、身体が硬くなっては意味がありません。気持ちも身体もリラックスし、同時に適度に引き締めることが必要なのだと思います。自分自身でそのバランス感覚を身につける事も非常に大事だと思います。このあたりのコントロールは当然必要になってきますし、気持ちのコントロールと同時に行うことが肝要だと考えています。
posted by 武藤賀洋 at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月16日

やって♪ うん♪ こうして♪ うん♪

9月ももう半ばだというのに蝉がないております〜
去年も秋がないほど、夏の暑さが残りましたが…
そろそろ涼しくなってもいいのではないかな〜と思います!

さてさて、今日のテーマは
「素直さとサービス精神」
についてです。

私がかつて役者の勉強をしていた時のレッスンの一風景です。
アクセントのお稽古で私は標準語のアクセントをクラスの最後の方まで習得できませんでした。
その最後のチャンスの時、課題はたしか、「犬がワンと鳴く」というような文だったと思います。
この’ワン’のアクセントに毎回詰まっていたのですが…
お調子にのって、犬の鳴きまねをしたのです。もちろん、大目玉を覚悟で。
そうしたら、先生、「アクセントはダメだけれども、犬に免じて合格にしてやろう」とおっしゃって頂いたのです。
ずらずら書きましたが、この後の先生の言葉は今でも忘れられません。
「我々の仕事は人に喜んでもらう職業だ。さっきの武藤のはダメな例だが、サービス精神だけはいい。
 我々はサービスをして、人に喜んでもらって、人様からお金を頂戴するのだ」
と。
ずっしり来ました。それまでは上手くやってやろう、とか、正解ばかりを求めていましたが…
目的、根本は”人に喜んでもらう”種の職業なわけです。
どのお仕事でも人に喜んでもらう事は目的の一つであり、サービス精神は必要だと思います。
こと、お芝居の正解においてはサービス精神がなくなっては成り立たないと実感した瞬間でした。

さて、もう一つ。素直さ。
これはこのブログでも何回も出てくるキーワードですが…
私の養成所時代のお話をもう一つ。
上記のアクセントがなかなか習得できない時、先生がおっしゃいました。
「横浜生まれは自分を都会人と思っているから、素直じゃないんだよな〜」
これもまた、ズシリと来ました。
そうです、その時まで、素直さのかけらというか・・・「オレこそ合っている」としか思っていなかったわけです。
また、違う先生にもこんなお話を受けました。
「役者に必要なのは技術よりもまずは素直さ。ディレクターや演出の言うことを即できなければ、仕事にならないからね。自分の思いもあるだろうが、それは二の次、三の次。まずは言われた事ができなければ、自分の考え思いなんか到底だせるわけがない」と。
これもやはり心に響きました。上手くやればいいとか自分をかっこよく見せるにはどうしたらいいか?なんてことを常に考えていた私には本当に重く響きました。
そうなんですよね…まずは作品の役と真剣に向かい合わなければいけないことに気付きました。

演出の勉強を重ねると更に先生方のおしゃっていたことが身にしみて理解できてきました。

このブログをご覧のお芝居を勉強されている方々、是非、サービス精神と素直さ、ご自分で発揮できているか見直してみるのもいいかもしれません。すると意外と色々なモノが別の角度から見えてくることもあるかもしれません。
posted by 武藤賀洋 at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月09日

主役とか脇役とか考えた時点で・・・

こちらの記事でご案内もしましたが、YouTubeに音声コンテンツを載せましたのでお時間ある時に聞いていただけると嬉しいです!
このブログでも何度もいっている通り、鍛錬を怠ると…ああいうおしゃべりになってしまうという、反面教師的な私のおしゃべりですが、お迎えした俳優さんお二人のおしゃべりは実のあるものですので是非是非、お聞きください♪

さてさて、今日の話題は
『主役・脇役』
についてです!

私は常々、物語において、『主役も脇役もない』と考えています。物語において、誰が主役か脇役かを決めることができるのは唯一お客様か作者のみだと考えているからです。

物語の中で所謂主役というのはどういう役どころでしょうか?
せりふが多いものをイメージされかとと思います。
もしくは登場時間が長い人物でしょうか。

・・・。

私は台詞の長さや、登場時間のみで主役脇役とわけることはできないと考えています。
なぜなら、舞台でしゃべらなくても、その人物のことを周りの登場人物が多くしゃべっていたとしたらどうでしょう…台詞の多さは多いけれども、物語の中心にいるのはやっぱり”しゃべられた”側だと思うのです。(ちょっと話はずれてしまいますが、ゴルゴ13なんかそうですよね。主人公はあまりしゃべりませんが、主人公の凄さはまわりの人物がしゃべりますし、それでも物語の中心はデューク東郷(自称)なわけです。)

なにが言いたいかというと、台詞の多い少ないは単にその物語の中の事象に対するものでしかなく、登場人物は常に、登場人物中の主役であることが大原則である、つまり、その登場人物一人、役を振り当てられたその役が生きる上では主役はその役であると考えているのです。


俳優さん個人が台本をもらい、台詞の多い、少ないで主役、脇役を自分の中で決めるのは良いと思いますが、しかし、舞台を創る以上、誰が主で誰が脇などという序列をお稽古場に持ち込んではいけないと考えています。何故ならば、どの人物をどのように配置し大げさに言えば目立たせるかというのは、役者さんの仕事ではないからです。これは監督だったり演出家の仕事であるわけです。

役者さんの仕事はその役の人生(動物、無機物の場合もあると思いますが・・・)を―――実際に生きていると同じように―――精一杯『舞台上で生き』なければいけないと思います。そこに”他の主役は存在”しないですし、できるわけがないと思っています。
舞台では各登場人物は自分の生を全うしようとしていると思うのです。

つまり、どんな役でも、その役のバックボーンを研究し尽くさなければまた、その役と他の役との関係性や背景を研究しなければ見ている方々の心を動かすことは難しいのではないかと考えています。役に向かい合う際、「主役 脇役」という固定観念こそが自分の表現の狭くしているような気も同時にしております。

物語の登場人物には作者の意図するところの主役・脇役の概念があったにせよ、表現する我々は、すべての役が主役であり、すべての役が脇役と捉え、役作りを通じて、役の生を全うさせ、作品を創っていくことが
肝要だと、私はそう考えています。
ラベル:主役 脇役 物語
posted by 武藤賀洋 at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新和座ラジオ♪アップしました☆

いつも武藤賀洋の演出ノートblogをご覧いただきありがとうございます!

劇団新和座のブログでもお知らせしましたが、新和座ラジオという音声コンテンツをyoutubeにアップいたしました♪

いやぁ〜おしゃべりって難しいですね〜
久々にマイクの前でしゃべりましたが・・・滑舌も悪いし、もっとおしゃべりの練習をしなければ!と思いました〜
いやぁ〜言い訳ですが、役者さんの練習をさぼっているとこうなるという反面教師になっているかもしれません…なんて…

そして、下記2コンテンツは私がホストとしてお送りしております!
11月公演予定の「トンデモ医者」に客演いただくお二方をお迎えしました♪
是非、お耳汚しに聞いていただけたらと思います!


居能侘助さんをお迎えしました♪


わんわんぱにっくの香西静さんをお迎えしました♪

是非是非お聞きください♪♪
posted by 武藤賀洋 at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 宣伝など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月02日

自分を見つめる、把握する、動かす

9月になりました!
早いものでもう、9月です!!
なんという早さでしょう〜 秋です、秋。
当然のことながらまだ残暑は残っていますが、もう秋です。
芸術の秋、読書の秋、スポーツの秋…皆さんはどんな秋でしょうか〜
私は芸術の秋と行きたいところですが、食欲の秋となりそうです〜

さて、今日の話題ですが、
『自分を見つめる、把握する、動かす』
です。


お芝居をする上において自分を知らなれければお話にならないと考えています。
例えば、どれくらいの高さの声が出せ、滑舌ではどこが不得意であり、怒った時はどんな表情をするか…などなど。把握されているでしょうか?
身近で言えば、似合う髪型似合わない髪型、似合う服・似合わない服などなど自分に合う合わないなどある程度ご存知だとは思います。
同時に着たい服と似合う服というのも別だと思うのです。(一部で合致しているかもしれませんが…)

役者さんにとって、自分を知るということはこれは基礎的なものの一つだと考えています。
何故ならば、皆さんにオファーを出すのはは皆さんを客観的に見ている方だからです。
その魅力を皆さん自信が把握できていないとすれば期待通りの仕事ができないと思います。
この魅力というのは外見的なもの、お芝居的なもの、内面的なもの、スキルなどなど色々あると思います。


これらをまず自分で知ることは重要だと思います。

皆さんは自分の顔を鏡で見ることが多いと思います。
自分の顔の好きなところ、嫌いなことろがあるかと思います。自分の顔が嫌いな方はどこがどのように嫌いなのか確かめてみましょう。同時に自分の顔が好きな方はどこが一番すきでしょう?
自分の全身はどうでしょう?好きでしょうか、嫌いでしょうか。

自分の好きなところは人にアピールできますし、嫌いなところは修正しようとするかもしれません。

しかしながらこの好きな点嫌いな点含めて全て自分の個性であります。たとえ嫌いな点が弱点だったとしても、その弱点を知らなければその弱点をコントロールできません。
ですので、個性をしっかり自分で把握し、おさえることがお芝居をする上で非常に必要であります。

と同時に、顔、身体に共通して、どのように動くのか、動かないのかを把握することが必要です。
例えば、怒りの表情はあなたにとってどのように顔の筋肉が動くでしょうか。
鏡を見て研究し、自分で把握し、コントロールできることが役者さんにとってとても大事だと私は考えています。
ラベル: 身体 表情 把握
posted by 武藤賀洋 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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