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2011年09月09日

主役とか脇役とか考えた時点で・・・

こちらの記事でご案内もしましたが、YouTubeに音声コンテンツを載せましたのでお時間ある時に聞いていただけると嬉しいです!
このブログでも何度もいっている通り、鍛錬を怠ると…ああいうおしゃべりになってしまうという、反面教師的な私のおしゃべりですが、お迎えした俳優さんお二人のおしゃべりは実のあるものですので是非是非、お聞きください♪

さてさて、今日の話題は
『主役・脇役』
についてです!

私は常々、物語において、『主役も脇役もない』と考えています。物語において、誰が主役か脇役かを決めることができるのは唯一お客様か作者のみだと考えているからです。

物語の中で所謂主役というのはどういう役どころでしょうか?
せりふが多いものをイメージされかとと思います。
もしくは登場時間が長い人物でしょうか。

・・・。

私は台詞の長さや、登場時間のみで主役脇役とわけることはできないと考えています。
なぜなら、舞台でしゃべらなくても、その人物のことを周りの登場人物が多くしゃべっていたとしたらどうでしょう…台詞の多さは多いけれども、物語の中心にいるのはやっぱり”しゃべられた”側だと思うのです。(ちょっと話はずれてしまいますが、ゴルゴ13なんかそうですよね。主人公はあまりしゃべりませんが、主人公の凄さはまわりの人物がしゃべりますし、それでも物語の中心はデューク東郷(自称)なわけです。)

なにが言いたいかというと、台詞の多い少ないは単にその物語の中の事象に対するものでしかなく、登場人物は常に、登場人物中の主役であることが大原則である、つまり、その登場人物一人、役を振り当てられたその役が生きる上では主役はその役であると考えているのです。


俳優さん個人が台本をもらい、台詞の多い、少ないで主役、脇役を自分の中で決めるのは良いと思いますが、しかし、舞台を創る以上、誰が主で誰が脇などという序列をお稽古場に持ち込んではいけないと考えています。何故ならば、どの人物をどのように配置し大げさに言えば目立たせるかというのは、役者さんの仕事ではないからです。これは監督だったり演出家の仕事であるわけです。

役者さんの仕事はその役の人生(動物、無機物の場合もあると思いますが・・・)を―――実際に生きていると同じように―――精一杯『舞台上で生き』なければいけないと思います。そこに”他の主役は存在”しないですし、できるわけがないと思っています。
舞台では各登場人物は自分の生を全うしようとしていると思うのです。

つまり、どんな役でも、その役のバックボーンを研究し尽くさなければまた、その役と他の役との関係性や背景を研究しなければ見ている方々の心を動かすことは難しいのではないかと考えています。役に向かい合う際、「主役 脇役」という固定観念こそが自分の表現の狭くしているような気も同時にしております。

物語の登場人物には作者の意図するところの主役・脇役の概念があったにせよ、表現する我々は、すべての役が主役であり、すべての役が脇役と捉え、役作りを通じて、役の生を全うさせ、作品を創っていくことが
肝要だと、私はそう考えています。
タグ:主役 脇役 物語
posted by 武藤賀洋 at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 表現論【ムトウ版】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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