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2010年07月21日

限られたモノの中でやる

このブログをご覧の皆様の多くはお芝居に関わってらっしゃる方だと思います。

世の中にはたくさん”役者”さんがいます。
いつぞやも書きましたが、「今日から役者です!」と名乗れるのが
資格が一切いらない役者という職業なのですが、やはりプロフェッショナルとアマチュアという大きく分けて2種類が存在すると思います。

プロフェッショナルとアマチュアの違いは何なのか。

色々な定義があると思います。
 ・お金をもらっているかどうか。
 ・経験
 ・うまいか、へたか
・・・などなどこの二つを大分するのにはいろいろな要素があると思います。

私はこの二つを分けるのには
『相手の都合で仕事ができるかどうか』
という事だと理解しています。

それでは相手の都合とはなにか。。。それは色々な事が考えられます。
 ・お仕事を頂いている先の予算
 ・お仕事先の監督さんや演出のイメージややり方
 ・お仕事先の制作スケジュール
などなどです。
これに沿うように仕事をこなして行く事がプロフェッショナルだと考えています。

よく始めたばかりの方に多いのですが、
『コレがないとできません』
という言動を聞きます。

こういうことを言っている内はアマチュアだと思うのです。

プロフェッショナルは与えられた条件の中で自分の力量を発揮する事が求められます。
だから、お金が発生して仕事になるのだと考えています。
自分のイメージが破れないで、上記のようなことを言っているようではまったく仕事にならないのは容易に想像ができると思います。

アルバイトなどでもそうでしょう。
お金が発生している仕事をしているのに、
「自分のやり方とマッチしてないのでできません」
という言い訳をしている人を雇い主は使うとは思えないですし、
仮令、それを言ったとしても、柔軟に考えをめぐらさなければ、そこからは
2度と仕事はこないのではないでしょうか。
また、こうした事を言う事自体、既に'ギャグ'だと思います。


プロフェッショナルの役者さんとは、
「限られたモノの中でやれる」
そんな方々だと私は考えています。

posted by 武藤賀洋 at 04:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月11日

想像力と創造する技術と素直さ

よく講座やワークショップなどでお芝居を始めた方によく聞かれます。
『役者にとって一番必要なものは何ですか?』
と。

正直困ります。
一番必要なものは、、一番、、、一番なんて決められない。
生き様や経験、基礎技術力、他の役者さんやスタッフとのコミュニケーション能力などなど…
逆に不必要なことはない、見るもの聞くもの感じるもの全て役者さんには必要だと感じます。

しかし、これでは端的に答えていない、うーん困った。

ある時期から私はこう答えるようにしています。
『想像力と創造する技術と素直さ』

想像力については、このブログでも何度も話に出てきているのでわかりかと思うのですが、”イメージする力”です。
何事にも事細かにイメージをしなければ、表現できないと考えています。表現の根幹はイメージだと考えています。


次に創造する技術ですが、これはイメージしたものを表現するために必要な秘術です。滑舌や発声方法という基礎的なことは言うに及ばず、想像した世界を表現するための『仕草』や『表情』を創り出すための技術です。これは、普段の生活の中で如何に感性を刺激しながら生きていくかということにもなろうかと思います。(もちろんイメージする力にも影響しますが…感性というものは…)

最後に『素直さ』ですが、これは仕事をしていく上でかなり重要です。物語が一つあれば、それを読んだ人の数分、物語が存在します。これを感じたまま、イメージしたままにしたら、バラバラになってしまいます。(このバラバラを一つにまとめるのが演出家なわけですが…)演出家や監督の演出意図通りに動けお芝居出来ることこそが、作品を作る上で役者として大事だと思っています。
これは役者さんのイメージが劣っているということではありません。あくまで、その作品の演出意図や演出目標というものが、演出家の考えるものであるからです。
もし、役者さんがこの意図を汲まずに好き勝手やってしまったら、作品はバラバラになってしまいます。
ここで勘違いしたくないのが、『言う事を聞け』ということではありません。思ったことを提案したり相談したりするのは大いに作品に幅を広げることになります。がしかし、ダメ出しを受けた後などに、自分のイメージが抜けきれず、素直に対応出来なかったとしたら、プロフェッショナルの役者さんとは言えません。


posted by 武藤賀洋 at 14:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月21日

尊敬するということ。

どんな仕事でもそうですが、人間関係はとても大切だと思います。
こと、お芝居をしていると人間関係が大切だなぁ〜と常々感じます。


前にも書いたと思いますが、
『尊敬しなければ尊敬されない』
というのが私の持論です。

こういう世界にいると、お仕事の厳しさや人間関係の壁にブチ当たることがままあります。

しかし、そんな時は私は思い直します。
「きっと、あの人のことを心のどこかで認めてなかったのかも」
と。


私は、自分と一緒に研究してくれている人々にも敬意を払いながら一緒に活動をしています。
そうした中で、衝突することはもちろんありますが、原則として、互いに認めあうからこそ、そこから素晴らしいものができるのだと信じています。

お仕事とする以上、労使、金銭というのが関わってきます。
しかし、雇う側も雇われる側も、仕事に対して実直で、お互いを認め、尊敬していないと上手くいかないと思うのです。


だって誰だって”上から目線”で応対された嫌でしょう。
言葉だけではなく、態度についても同様だと思います。

私は常に自戒も込めて、接する人々は『尊敬の念』をもっていたいと考えています。
posted by 武藤賀洋 at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月23日

騙されたっていいじゃない〜

いつぞやも書いたかもしれませんが、
私は勉強を始めたばかりの方々にこういう事を言うことがあります。

『常識的なことができなければ非常識な世界で生きられない』

と。
我々は、特に俳優さんや声優さんは、おしゃべり、お芝居といったある種非常識なことをするお仕事でお金を頂きます。

例えば、舞台公演。
お客様の立場となって考えれば、交通費を使ってご来場され、貴重な時間と観劇料をお支払いいただくわけです。

これに見あった公演をお届けすることはもちろんですが、こうした空間や表現に対する金銭を頂戴して我々のお仕事は成り立つわけです。

ほんとに、'仕事'として捉えた時には非常識極まりないです。
なにせ、自分のおしゃべり(やお芝居)がお金になるのですから。


役者さんが人間的に完璧であることにこしたことはないのかもしれません。しかし、それは既に人間とは言えないでしょう。完璧などあろうはずもないので…

しかし、非常識なことでお金を得ようとおもったら、常識的なことはできなきゃいけないと私は考えているのです。
仮令、外向けに破天荒なキャラクターだとしても、それは一刻もてはやされるかもしれませんが、所謂、常識的な行動(時間を守る、期限を守る、挨拶をきちんとする、節度を守るなどなど)などができなければ、非常識な事でお金はいただけないと理解しています。



それと同時に、か、どうか分かりませんが、私は、一緒に仕事をする人を疑うことをしません。ここで性悪説、性善説を説くわけではありませんが、仕事を共にする人については、”悪い人はいない”と考えています。ですので、実際、騙されたりすることもあります。でも良いんです。それはそれで私の判断が招いた結果だと思っておりますので。恨みつらみがないわけではないですが、私の判断が甘かったなぁ〜と反省するわけです。

なぜ、ココでこんな話しをしたかというと、非常識な仕事をしていると、こういうことがままあると思うのです。

そりゃあ、騙されないほうが良いとは思いますが、私たちが仕事をして、その成果を届けるのは、あくまでお客様なわけです。そのお客様向けの仕事を一緒にしている仲間に嫌疑を抱いたりしたら、素敵な仕事はできないんじゃないでしょうか。
ですので、少なくとも、私と一緒に研究してもらったり、公演を共にする方、仕事を共にする方に対しては所謂、性善説の立場をとっています。

そうした繰り返しの経験の中でさらに自分の感性を磨き、自らを律していくことでその非常識な仕事を生き抜いて行きたい、そう考えています。
posted by 武藤賀洋 at 12:22| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月25日

泣いても一生、笑ても一生、ならば今生泣くまいぞ。

去年、TBS系で放映されていたドラマ『JIN-仁-』を録画していてものを昨日みておりました。

そこに以下のような台詞が出てきました。

『ないてもいっしょう、
   わろてもいっしょう、
    ならば今生、泣くまいぞ』


これは劇中、梅毒という病の末期で病床にある花魁夕霧の台詞です。
この夕霧は梅毒が進行する中、主人公でる医師南方仁(南方仁は現代から江戸時代の後期、幕末にタイムスリップしていました。)のペニシリンの治療によって、劇的な快復を見せるのですが、当時有り得なかった原始的な精製によるペニシリンの効果も功を奏せず、死に至ります。その夕霧が梅毒にかかった当時の後輩花魁野風の回想シーンの中で件の台詞がでてくるわけです。


この台詞を聞いて、私自身、いや事があると、すぐに拗ねたり、落ち込んだり、人のせいにするのが得意なものなんですが…

若いときに教えて頂いていて先生に、
「良い結果がでれば、自分のおかげ。
 悪い結果がでれば、人のせい。
 という塩梅で人は常に感じてしまうものだ。
 しかし、良い結果も悪い結果も自分が動いた結果なのに、ね」
という言葉を思い出しました。

この二つの言葉がとても心にしみました。
恨み辛みがあったとしても、同じ生きるならどうにか笑えるように、心構え構えたいと改めて考えました。


人は常に無意識のうちに、良い結果を求めて動くと思います。
しかし、色々な要素が作用して、結果的に悪いようになることもままあります。
そうした時に他人や何かを非難するの事で自分の心の平静を保つことも時には必要だと思います。しかし、ちょっと見方を変えることで、次の同じ局面になったと仮定した際の自分の行動を見直すきっかけにもなろうかとも思います。

ならば今生泣くまいぞ。


お芝居をして行く上でもそうだと思います。
厳しい世界ですから、辛い事もたくさんあるでしょうし、挫折することなんかしょっちゅう。続けて行くことが大事な世界だと考えています。ですからそんな中でも、常に気持ちを前向きに(笑って)持っていくことで、トータルとして、結果も変わってくるような気がしてなりません。

できれば涙(愚痴や不平不満)を我慢するのではなく、人間ですから泣いたとしても、すぐに笑える気持ち、芯から『今生泣くまいぞ』と考える事で、お芝居の幅も広がるのではないのか、そう考えております。
posted by 武藤賀洋 at 11:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月06日

私情を持ちこまない

久々に『ムトウの思う精神論』のカテゴリです。


このブログでも何度も登場しているフレーズですが、
『現場やお稽古場に私情を持ちこまない』
という事を今日は更にお話していこうと思います!


そりゃあ、人間ですから、お稽古場に嫌な事があったり、
嫌な人がいたり…
それを感じたり思ったりするのは仕方のないことです。


しかし、ここからが俳優さんと一般の人との違いになってきます。


お稽古場には絶対に私情を持ちこんではいけません。
なぜならば、その私情はあなた一人の感じであるからです。
お芝居は結局のところ、複数で創作します。
その他の人のお稽古の時間を一人の私情で止めたり、遅らせたり、
混乱させたりすることは許されないのです。



もちろん、調子が悪い時があると思います。
そんな時もその時のベストを尽くす、出しきるわけです。
一生懸命に作品に向かうわけです。


もう一つ大きな理由があります。
それは、お稽古場や現場で作品以外に目を向けていては、
作品に失礼ですし、なりより観に来ていただくお客様に
失礼だと考えます。

作品に集中するということは当然、
他の事に気をとられている暇はないわけです。

また、別の機会にも書きたいと思いますが、
芝居をしてお金を頂くというある種『非常識な事』を
全うするには『常識的な事』をなんなく
こなせなくてな行けないのです。


同時に例えば、
お稽古場の大多数がお稽古場に嫌な事があったとします。
この場合も同様です。
演者さん、スタッフの連携をとることはもちろん最重要なことで、
こうしたことが起こらないようにお互いの信頼を常日頃から培って
いかなければなりません。
なりませんが、もし、上記のような事が起こったとしても、
お稽古場に私情を持ちこんではいけません。
もし、それができないのならば、即刻お稽古を中止し、
打ち合わせなり話し合いを十二分にしていかなければいけません。
その時に”誰のせい”とかを追及したりすることは2流だと
思いますし、更にその場にいても建設的になれないのは自分の
責任を全うしない3流のすることだと思います。

少し過激になりましたが、とにもかくにも、
お稽古場には、お稽古には絶対に私情を持ちこまず、
常にその時の自分の持てる全てを出しきる必要があると考えます。



posted by 武藤賀洋 at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月17日

役者さんには素直さが必要

常々このブログでも書いて来ましたが、役者さんに必要な要素の一つとして素直さというものが挙げられると思います。


bosyu_1.jpg素直さが何故大切かというと、一つには作品をまとめあげる為には必要なものだからです。例えば台本があって、演出家がいて、俳優さんが居たとして・・・俳優さんが好き勝手に演技プランをしたら、作品はまとまらなくなってしまいます。(無論、演技プランと演出プランを議論したりすることは必要なのですが・・・)ですので、原則的にまずは素直に聞いてみて、やってみるのが必要なわけです。そうしなければ、作品の作り様がなくなってきてしまいます。よくテレビなどで大御所の俳優さんが監督や演出家に意見をいったり、演技プランを出していたりしますが、あのような大御所の方は、色々な経験から培って来た経験の上で若い演出者と話したり、そうでなくても、演出プランどおりにやっても所謂つまってしまうことがあったりするので、そういう打ち合わせが必要になってくるわけですね。

二つには色々なお芝居が要求されるという事です。プロの現場では、往々にして、「こうしてください」という事が何回も出たりします。これが、ディレクターやプロデューサーの思いにしっくりこなければ、最悪、役を交代させられてしまうこということがままあるわけですね。こうしたことを防ぐ為にも、”素直”な気持ちで取り組み、”素直”な技術を持って取り組むことが重要になります。

お芝居をする上でイメージは大事ですが、固定観念は最大の邪魔ものになってきます。固定観念がつきすぎると、柔軟なお芝居が出来なくなって来てしまいます。この固定観念というのがやっかいで、自分でしらないうちについてきてしまう場合もある訳です。そんな時は、一度、全ての約作りをリセットして、取り組むのも一つかと思います。


良くダメ出しをすると『ああ、向いてないのかなぁ〜』と凹んでします学生さんや俳優さんの卵がいますが、ダメ出しがあるからこそ、更に役に深みが増して行く訳ですね。その行為自体は否定されている気持ちになってしまうかもしれませんが、ダメ出しがないのよりはよっぽどあったほうが良い。否定されてナンボのものなわけです。こうしたダメ出しを素直に聞き入れ、実行できることこと、役者として深みが増して行く事だと思うわけです。ダメ出しを聴いて、否定されるのが嫌だという考えはお捨てなさい。そうすれば、かならずや、お芝居はちょっとづつでも上達していきますから・・・
posted by 武藤賀洋 at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月12日

お稽古場に私情を持ち込まない

人間誰しも、調子の良い時、悪い時、さまざまあると思います。
これは仕方のないことですよね。

例えば、彼氏、彼女とケンカした・・・
とかや
親や兄弟と言い争った・・・お給料が少なかった・・・
麻雀で負けた・・・
はたまた、体調が悪い・・・

などなど・・・調子の悪くなる要素は色々あると思います。

しかし、こうした調子の悪さをお稽古場に持ち込んではいけません。
また、これに限らず『私情をお稽古場に持ち込んではいけない』と思うのです。

舞台芸術は何度も言う通り、複数人でつくるものです。
また、お稽古という貴重な時間は自分一人のものではなく、あくまで”他人のためのお稽古”なのです。

調子の善し悪しもさることながら、「この作品、おもしろくない」や
「この課題やりたくないなぁ」などそういった要素や想いは自分の為にならないどころか、他にその舞台に関わっている人によって非常に邪魔な要素であると言えます。

お稽古場は常に他人のために振る舞わなければならず、それができなければ、自分のお稽古ーーー単に出る所をやっとしてもーーーでは身にならないと考えています。何故ならば、それは反復したにしか過ぎず、作品全体の完成度から言えば、進捗は微々たるものでしかないと考えるからです。

どんなに調子が悪くても、その時のベストを尽くす。
お稽古は常に他者の為のお稽古と言うことを頭に入れておくだけでも、作品への集中力は段違いに違って来ると思います。

お稽古場には私情はもちこまない。
これをすることで作品に真摯に向かいあい、役に向かいあうことができるのだと考えています。
タグ:稽古場 私情
posted by 武藤賀洋 at 18:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月01日

文化を大切にしないと、とんでもないことになるかもしれません。

私のワークショップや劇団の仕事などで常に言っているのですが・・・
『文化を大切にしなければ、新しいものはできない』
と私は考えています。

新しい事をしようとすると、どうしても過去の事や、それまであったものを
「わかったつもり」
になって、ないがしろにしてしまうことは人間、ままあります。

どんな仕事でもそうだと思うのですが、
新しいものを作ろうと思ったり、その道に進もうと思ったら、
その分野の歴史や文化をまずは大切にしなければならないと思うのです。

考えてみると、演劇などの歴史を振り返れば、
諸先輩方が作られて来て、また、その中でも創意工夫があり、研磨されてきたものなわけですから、いきなり、ぽっと出て、新しいモノを!というわけには行かないと思うのです。

時代に則すことは必要であっても、文化や歴史を大切にしないと、
その作ったものの中身は薄っぺらいものになってきてしまうかもしれません。
諸先輩方が作られた、研磨された分野を広げて行けるように、私自身も努力しなければいけないと考えております。

文化や歴史を十二分に感じ、大切に考え更に新しい道筋へと発展させていくことが大事だと私は考えます。
posted by 武藤賀洋 at 14:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月24日

尊敬すること、されること

いやぁ〜また、だいぶ長いこと、こちらの『演出ノート』に新規記事を書き込まず、いつもご覧頂いている方には大変申し訳ありません。

新規記事がないのにもかかわらず、たくさんの方にご覧いただいているようで、いつも励みになっております。ありがとうございます。


さて、今回、久々の記事は・・・
私が考える精神論のうちの一つを書きたいと思います。
「尊敬すること、されること」
というタイトルにしましたが、お芝居とは関係なさそうです。
しかし、私が演出家、というよりも、社会人として必要なことなんじゃないかなぁと考えています。



2年ほど前に私が講師をしたワークショップでお目にかかった高校生の方が、大学に進学され、サークルで舞台活動を始められたそうです。つい最近、その方からメールを頂戴しました。
内容をかいつまんで書きますと・・・


--------------
今、演劇サークルで作・演出をしています。
基礎練習や気持ちの作り方など武藤先生に教わったことを基本に行っております。秋の公演に向け稽古に入っているのですが、サークルメンバーが言うことを聞いてくれない時があります。武藤先生のような言い方とかでもダメでした。どうしたら、言うことを聞いてもらえるでしょうか。このままだと思う通りの作品になりません。
--------------



という内容でした。
結論から言えば、『根本的な思想がちょっと違っている』と思うのです。
その内のひとつは、作・演出になったから偉くなったわけでもなんでもなくて、役者さんが言うことを聞いてくれるロボットだと思ったら大間違いなだと思うのです。(勿論、役者さんにはディレクターや演出の指示で変われる素直さが求められますが、それはまた、別の話で・・・)あくまでも一緒に創っていく仲間なわけですね。以前、私の師匠から『演出家は選ばれてなるもんだ』というお言葉を頂戴したことがありますが、逆を言えば、演出家も役者を尊敬し、信頼しなければ、選ばれないと思うのです。

どんなに活躍されている演出家だって、この部分が欠けたら仕事にならないと思います。

演出家が信頼して役をお願いするのだと考えています。極論ですが、信頼できなければ、自分が携わる作品に出すのもどうかと思います。


アルバイトでもなんでもそうだと思いますが、肩書きで仕事をするわけではないと考えます。これも私の師匠の受け売りですが、「威厳ってのは、周りがつけてるもの。肩書きは上からもらうけど、実際は下の人間の信頼がなきゃあ、立場を失う」と言っていました。
いくら仕事で実績を出しても部下の信頼を失ってはいけないということだと理解しています。


話は少しそれましたが、役者と演出家にたとえそれが年齢的上下関係があったにしろ、それ以上に信頼関係がないとできません。演出家がいくら威張ってみたところで、現実に舞台に立つのは役者さんなわけですから。(方法論としての、言葉が悪いとか、叱るとか、悪態をつくというのはまた別のお話で・・・)


つまるところ、先ほどの質問の彼にはこう答えました。

--------------
どんなに言葉を繕っても、ベースの部分で役者さんたちを尊敬し、尊重しなかったら、自分も尊敬されないし、言うことなんてもちろん聞いてくれないと思います。まずは、自分が共にやっていく役者さんを信頼し、尊敬しなければ、尊敬されないと思います。小手先で怒ったり、褒めたりしてもベースの気持ちは直ぐにでちゃうと思いますよ。○○さんはまだ、はじめられたばかりで大変かもしれませんけどまずは、一緒にやる人間を信じて、真に尊敬することからはじめてみては如何でしょうか。自分の作品をやってもらうのならばなおさら尊敬しなくちゃ始まりません。自分がまず尊敬するから相手も尊敬してくれると思います。
--------------



これは、先輩後輩の間でも言えると思いますし、いろんな人間関係にも言えると思うんですよね。
また、舞台を踏む上で役者間でも言えると思います。
だって、どんな職場でも尊敬できる人間だらけのほうがうまく事が運ぶ気がしませんか?
posted by 武藤賀洋 at 15:12| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月14日

季節を感じる

どうやら関東も梅雨が明けたようですが、今回は役者さんとしての感性の話をちらっとしてみたいと思います。

例え、今の季節が夏だろうが、冬だろうが、作品の中では独自の季節や時間が流れています。作品が冬の物語でも夏に公演したとしても一向に構わないわけです。お客様の中にはそんな物語に『涼』を感じる人もいるかもしれませんし、『暑苦しい』や『寒々しい』と感じることもあるでしょう。

しかしそうした感想に対する対策は作品を創る上では演出家や制作者の範疇であるように思うのです。
そして、上記の感想が出ないように仕上げているのも演出家と役者、制作者の仕事だと私は考えています。


ちょっと話がそれてしまいましたが、、、
先程も言いましたように物語では独自に時節が流れていくわけです。
リアルタイムということもあるでしょう。
例えば「寒い」という台詞があった時に、今が冬であれば外の外気をイメージすれば比較的簡単にできますし、夏でもクーラーの効いた部屋に入ってきたことをイメージすればこれもまた容易でしょう。
しかし、この「寒い」についても日本の寒さとアラスカの寒さだったら違うと思います。

結局何が言いたいかと言うと、
『日本の四季を十二分に身体で感じる』
という事が大切ではないかと思うです。

先程も言いましたように外国の寒さの表現はそこに行ったことがなければできないのか・・・そうではないと思います。イメージを十分に練りこみ表現することでカバーできると思います。

しかし、その表現の元になる季節感というのは出来れば自分で体現してみることが必要不可欠だと思うのです。
春の風の心地よさ・・・
夏の暑さ、汗のかきかた・・・
秋の涼しさ、食べ物のうまさ・・・
冬の寒さ、食べ物のうまさ・・・

四季だけでなく、日本には古来より時節を表わす様々なモノがあります。例えば『お盆』だったり、『梅雨』だったり。
今ではインターネットである程度の情報をつかむことができます。
その情報を元にして、自分で色々な時節を体現することが、
表現を行う上でとても大事なのではないか、そう考えています。
posted by 武藤賀洋 at 14:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月11日

教えて?!教えられて?!盗んで盗まれて・・・

またまた、久々の更新になってしまいました。
皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

あやうく三日坊主になるところでした。
いや二日坊主になってしましました・・・

さて、早いものでもう、今年も6月です。
新年度から進級した方や進学した方、はたまた、新しい仕事に就かれた方々など様々だと思います。
IMG_2364.jpgそうした中で、自信をつけられた方もいれば、「こんなはずでは・・・予想と違うじゃん」や「きついー」と自信をなくされた方もいらっしゃると思います。どんな分野の研究にしても、仕事にしても自信がついたり、なくしたりは隣り合わせであるものだと思っています。さて、今回のお話は「知っている、分かっていると言っている内は取得されてないのではないか」というお話です。劇団でも言っていることなのですが、『実践できて初めて理解したと言える』と私は考えています。どんな分野の仕事でもチャレンジする時には新しく覚える事が目白おしだと思います。そして、たくさんの先生や先輩に教えを乞うことでしょう。ノートをとったり、メモにしたりして・・・理解したつもりでもいざ、やってみようとするとなかなか思い通りにいかない、そんなことありませんか?これは多分に”分かったつもりの状態”だと私は思うのです。教えを乞うてさらに自分で実践し、仮令、間違っても繰り返し繰り返しやっていくうちに自分の見識が広がり、そしてやっと理解するものなのだと思います。
お芝居に限らずアルバイトや学校の勉強などについても同じことが言えると思います。
同時に、お芝居になら後輩に、アルバイトなら新人さんに、学校の勉強なら...そうですね、同級でも後輩でも、教えるという行為を通じて、初めて理解が深まることもあるかと思います。また、私が昨今感じることなのですが、最近、人の技術を盗む人が少なくなってきているような気がします。盗むというと語彙に悪意が感じられますが、人のしていることを見て学習する事が減ってきていると思うのです。人が(これも芝居/演技に限らず、どんな分野の仕事でも)やっていることを生で見て聞いて、技術を盗み、それを繰り返しやって行く中で自分の技が研鑽されていくのではないでしょうか。・・・そしてそれを磨いていっていつの日か人に盗まれる技術になった時にその技は本物だと言えると思うのです。

人の行動をよく観察し、見て覚え、教えを乞い、繰り返して研鑽する。
そして、機会があれば、習得したものを伝える事によって自分の理解が深まる。
これがお芝居や演技を磨く上でも重要な心構えだと私は考えています。



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タグ:演劇 研究
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2008年12月25日

答えは心の中に〜

劇団でも、専門学校でもそうなのですが、
『答えを求めてやらない』と私は言っています。

何故ならば、『芸術に答えはない』と私は考えているからです。

例えば、悲しく泣くお芝居をしなければならないとします。
しかし、この地球上でまったく同じ泣き方、同じ涙の流し方、
同じ声を出すタイミングで泣ける人間をしりません。同じ人間で同じ泣く動作であっても、その都度、涙の流し方、泣き方、呼吸のタイミングは違ってくると思います。逆に考えれば同じ泣き方は二度とできないということです。

このことからも、所謂「正解」はあってないようなものであると考えます。

また、(人間とは面白いもので)答えを求めはじめると、極端に視野が狭くなるようです。ある程度の’答え’の予想があり、それから、大胆な思考の変更ができなくなったり、イメージが十二分にできなくなったりします。答えや正解というその正体は、得てして、人の目だったり、他人の評価だったりとまるで正解というなんともスマートな言葉を借りた鵺のように当てにならないものだったりします。いつの間にか純粋に作品との向き合いではなく、別の雑音や視線が答えの方向性を決めてしまうことが多々あるように思います。


反面、私たちはある種の「答え」をお客様に提示しなくてはなりません。本番やオーディションではある種の「答え」を出します。前述しましたとおり、『芸術に答え』はなく、正解がないと考えるのですが、なんとも矛盾した言い方です。
では一体何を提示するのか。それは練習した成果であり、お稽古した結果だと思います。正解かどうかは、お客様にお決めいただければ良いことだと私は考えています。

また、同時に”完璧”を求めないというのも重要な取り組み方の一つであると私は考えます。なぜなら、見ている人全てを満足させられるなんて、離れ業をやってのける人をいまだかつて知らないからです。


ちなみに答えと目的は似て非なるものであると考えます。このお話はまた、別の機会に・・・




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2007年05月31日

肯定的に考える

物語を読んでいてつい、『これはおかしい』と思ったり、キャラクターがとった所作を『絶対こんなことしない』などと考えることはよくあります。


しかしながら、ここで総てを肯定的に考えてみると、自ずと辻褄があったり、新たな発見をすることがあります。


これはお稽古場でも同じで、他者を肯定的に考えることによって、理由やまわりの状況が見えきたり、自分の役のヒントになったりすることがあったりします。

否定的な見解は今までの経験から発生してしまうことがままあります。今までの経験というのはとても大事ですが、作品を創る上において邪魔になってしまったら、もともこもありません。


役作りの際に総てを肯定的に捉えてみることによって、新たな発見や難しいと感じていることや停滞している状況が打破できるのではないか、そう考えています。
posted by 武藤賀洋 at 14:02| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月28日

礼儀

どの職場、職業でもそうだと思いますが、
「礼儀」
というのはものすごく大事だと思います。

実際に先輩や先生、自分がお世話になっている人に対して
礼儀を欠く行動というのは自分の評価をさげることに
なります。

こと、声優の世界や舞台の世界は縦の規律は凄まじいものがあります。

実際に目の前に対面している時もさることながら、
電話や文書、メールなどでのやり取りも気を抜く事はできません。
細かい事かもしれませんが、こうしたことをきちんと出来る
人ほど、お仕事は廻ってくるものです。

何故ならば、同じような実力の人であれば、気持ちよく
仕事ができたほうが良いからです。

また、これも不思議なもので、
礼儀がなってない人ほど、お芝居もどんどん(極端な言い方ですが、)
ダメになっていくような気がします。

親しき仲にも礼儀あり、と云います。
挨拶、言葉遣い、意思疎通、どれをとってもまずは礼儀を
きちんとわきまえて行動する事が肝要だと私は考えます。








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2007年05月06日

見て覚え、聞いて確かめ、やって習得する

こと、お芝居の学校や養成所、ワークショップなどでは
「教えられる」のを待っていてはいけないと思います。

周りの人のを見て覚え、周りの人のお芝居に対し、
先生方からでるダメだしを自分のものとするが如く、聞き、
時には書き記す。
そして、それを反映してやってみるというのが良いのでは
ないかと思います。

何故ならば、学術的なこと、座学的なことは教えられる
事項、事象というのは非常に多いですが、
(それでも私は見て盗み、学ぶべきだと思いますが・・・)
実技というものを見た時に、そのお稽古場で行われる
全てが、いわば「教えられたもの」であるように思うのです。

ですので、前の人のダメ出しを参考にしないというのは
問題外だと思います。
そのダメ出しにもヒントがあるわけですから。
自分以外のダメだしを聞いていないというのは、最初のうちは
特に控えた方が良いでしょう。書くのは尚、良い事だと思います。
自分以外のダメ出しを自分で取り込めるようになったら、
さらにその講座に出ていても自分自身の進歩がでるかと思います。
無論、前回までの自分や他人のダメ出しを忘れてしまうなど論外ですが・・・

見て覚え、聞いて確かめ、実践して習得する。
そして永遠にこれを繰り返す事が我々の仕事だと思うのです。

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posted by 武藤賀洋 at 20:05| Comment(0) | TrackBack(1) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月29日

歴史と文化

このブログを読んでいただいている人の多くは10歳を超えた方が
多いであろうと思います。
皆さん、10年以上の人生という歴史を経験されているわけだと考えます。

演劇をはじめとしたお芝居というのいうのは3000年も前から
あると云われているし、
映画も百数十年、アニメは半世紀の歴史があるのではないだろうか。


つまり、我々よりもゆうに歴史が積み重なった世界であるわけです。
その歴史はたくさんの先輩や先人の先生方が試行錯誤した結果、
今日の姿になったのだと考えます。
私たちはこの世界に入り込む際、この世界の一つ一つを理解すると
ともに、この歴史と文化を尊重し、さらに、今までにない、
試行錯誤を繰り返して行かなければならない、そう考えています。
何故ならば、今日あるこれらの世界はたくさんの人々の思い、
文化、文明の積み重なった歴史であると共に、努力と創意工夫の
結晶であるからです。
私たちも過去の歴史を十二分に学び、理解し、これらの世界を
さらに広げる努力をして行かなければならないと改めて思うのです。

同時に、過去の歴史を軽んじることは到底許される事ではなく、
逆にいうと、これまでの文化や歴史を重要に考えないと
(どんな世界でもそうだと思うのですが)仕事や文明、
その世界そのものに真摯に立ち向かえないのではないか、
そう考えています。

posted by 武藤賀洋 at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月16日

うまくやろうとしない

声優のトレーニングでも俳優のトレーニングでも
少し始めると「上手くやろう」としてしまうことがあります。

これでは何の練習にもお稽古にもならないと思います。
芸術に答はありません
ですので、正解を求めようと、上手くやろうとせず、
思い切り、その瞬間、瞬間、全てを出し切るようにやるように
心がけたいものです。

何せ、仕事なのですから、お芝居をして、
お稽古場を出た後、スタジオを出た後にどっと、
心も身体も疲れていなければ、本当に仕事をしたと言い切れない
と思います。

従って、上手くやろうとせず、全力で取りかかる事が肝要かと思います。

「上手くやろう」という思いは大事ではありますが、
それが先行してしまうと、妙なストッパーが自分自身の身体(心)
にかかってしまう事があります。
この余計なストッパーを外して取り組む事が上達する道であるように思います。

また、ストッパーを如何にして外すかはまた、別のお話で。。。。


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posted by 武藤賀洋 at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月15日

やりたいこと、やりたくないこと

こういう芸事の仕事をしていると、
やりたいこと、やりたくないこと様々な事が降り掛かるのも事実です。

それは役にしてもそうだし、それにまつわる色々なこともしかりです。

こういう芸事の仕事はとても特殊なので、
ディレクターやつかってくれる会社の人に気に入られなければなりません。
仮令、お芝居がうまかろうがなんだろうが・・・

ですので、自分のお仕事をきちんと理解して、
できること、できないこと、
やれるここと、やれないこと、
やりたいこと、やりたくないことをはっきりさせておくのが
肝要かと思います。

そして、その上で、仮令、やりたくないことを
オーダーされた場合でもきっちりとできなければなりません。


よく、「どんな仕事でもやりますよ」と聞きますが、
それは、’やっていること’が大事なのではなく、
結果が出て初めて云える事だと私は思うのです。
やりたくない事でもオーダーされれば、それは仕事
として成立し、否が応でも結果を求められます。

どんな仕事でもそうだと思います。
付随する全ての仕事を全うするからこそ、私たちの
業は成立するのではないでしょうか。
posted by 武藤賀洋 at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月14日

演は仁術なり?

医は仁術なりという言葉があります。
これを辞書で調べてみると、、、
 医術は単なる技術ではなく、人を救う道である。
 とか
 医術は、人を治療することによって仁徳を施す術である。
と出ています。

では、仁徳とはなにかこれも調べてみると、
仁愛の徳。他人に対する思いやりの心。
となっています。

つまり、お医者さんは医療を実践する事で人の痛みや苦しみを解き放ち、
人を救うと私は解釈しています。


我々、お芝居を生業としている人間に置き換えてみるとどうでしょう。
声優や俳優といった役者業は、とても精神的なことが重要になってくる
ことがあります。
その役の心の移り変わりだったり、役の気持ちの理解だったり・・・
やはり、滑舌や発声、台詞術といった技術のみならず、
人に感動を伝える仕事なのではないでしょうか。

―――しかしながら、この職業は特殊で、人を蹴落とすこともある仕事であることも事実ですが―――

上記のような事実があったとしても、我々はお芝居を通じて、仁徳を深め、
見ていただけるお客様、視聴者の方にいっぱいの感動を届ける職業なのだと
思います。

演は仁術なり。
だと、私は思うのです。
posted by 武藤賀洋 at 22:35| Comment(0) | TrackBack(1) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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