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2007年04月03日

盗む

どんな仕事でもそうだと思いますが、
教えてくれるのを待っていたのでは自分の身になりません。

先輩や先生、はたまた、同級生や仲間がやっているところを
よく見て、それを盗まなければなりません。
つまり、(そのやった事が良かろうが悪かろうが)自分でも
できなければ、身にならないのです。
頭で理解しているうちは「わかった」うちに入りません。
その理屈を実行できてはじめて分かった事になるのです。

他人、他者がやったことを盗み、自分で真似て、且つ
それを自分の中で消化し、進化させることができるからこそ、
自分の技術の進歩があるのだと私は思います。
posted by 武藤賀洋 at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

目的意識

学校や養成所、劇団などのお稽古/練習では常に
目的をもって望む事が重要だと思います。

この目的が漠然としているとその日得られる効果も少ないのではないでしょうか。

声優や俳優を目指し、勉強する時も
または公演や作品のお稽古中でも、
目的をはっきりさせることが大事です。

人間は欲張りなものですが、反面、完璧にはできないことが多いです。
「今日は滑舌の”ハ行”をできるようにしよう」、
「この台詞だけは誉めてもらうぞ!」、
「この言い回しだけは完全にしてやる!!」
などなど、色々あるとあると思います。

せっかく貴重な時間を使って、練習、お稽古しているのですから
何か一つくらいは身につけなくてはなりません。
しかしながら、身につけようと思ったら、「目的」がはっきりしていないと
身に付くものも身に付きません。

なぜならば、目的がなくなっては「強制」「義務」となってしまうからです。

この創造するというお仕事は非常に過酷なもので、
「強制」や「義務」となってしまったら、
何の楽しみも面白みもなくなってしまいます。

自分の大きな夢 ―――声優や俳優になるんだ!――― というところに
立脚して、今日やることを”義務”ではなく”楽しみ”に変えるためにも
目的を細かく、はっきりともって、課題や作品に取り組む事が
大事だと考えています。




posted by 武藤賀洋 at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月02日

お昼ご飯

学校や養成所、お稽古場などを『職場』として考えた場合、
複数の人間がいるわけです。

この複数の人間がいて、一つの仕事をしようとしているわけです。
この時、他者を尊重し、尊敬できなければ、一つの仕事などできはしません。
また、お稽古場においては、自分の事情は他人には一切関係などないのです。

なにが云いたいかというと、
役者である以上、『自分』を最大限表現しなければいけないが、
お稽古場では他人のためにお稽古をする
という、矛盾したことを実践しなければならないのです。

そして、お稽古場を離れたら、自分の思う通りにすれば良いのですが、
良い職場環境をつくるという面を考えた時に、
お稽古終わりにお茶でもするのも良いですが、
お稽古場で「お昼ご飯」をいっしょに食べるというのが効果的だと思います。

この時は前述したようにお稽古場ではない、そう考えていますので、
自分の趣味や―――もちろんお昼ご飯の中身―――恋愛話、
バイトのことなどなど、役者本意で話をしていくことが
良いのではないか、そう考えています。
posted by 武藤賀洋 at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月19日

繰り返す

どんな商売、仕事でも、その業務にたいして
百発百中というわけにはいかないと思います。
色々な試行錯誤を繰り返していくのが定石かと思います。

経験を積んで行けば行くほど、
その試行錯誤の期間が短くなるかもしれませんが、
それでも、「すぐにできる」「百発百中」といのは
ベテランの先輩の領域だと思います。

まずは、課題をするにも、お芝居をつくるにも
間違えを恐れず(そもそも何が間違いかは分かりませんが)
何度も何度も繰り返すことが必要なのだと思います。

posted by 武藤賀洋 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月06日

感想と評論

私は良く学校の講座の中で言う事なのですが、
「感想と評論は違う」という考えを持っています。

何かを見たり、やったりして、感想は持つ事は非常に
大事なのですが、評論をすることは役者にとっては不必要であると
考えています。

新たに勉強を始めた方に多く見受けられるのが、評論をしてしまうことだと
思います。
「このお芝居はこうだから、こうすべき」
というのは実に視野がせまくなり、危険な見解であると思うのです。
見たものを楽しい、美しい、奇麗など・・・肯定的な
考えから自分の技になるようにしていくことこそ最も
重要なことだと思います。

その近道が感想を感じ、述べる事であり、評論することでは
けしてない、そう考えています。
posted by 武藤賀洋 at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月23日

リミッターをはずす その2

以前にも書きましたが、自分自身で制限をつけてはいけないと思います。

常に120%、200%、2000%と元気と気持ちの高揚とを
もって望む、お稽古中でも練習中でも常にテンションを張り続け
すべてにおいて全力投球することは非常に大事だと思います。

なぜならば、本番の舞台やスタジオでは練習やお稽古と違って
いろいろ違う要素が含まれてきてしまいます。
それに伴い、緊張や、いつもと違う感覚に陥る事もあるかと思います。
’リミッター’をはずし、お稽古中、練習中から常にテンションを
張り続け、全力でやるからこそ、本番でもさらに良いお芝居を
お客様に提供できると思います。

人間は不思議なものでなんでも抑えることは簡単にできるのですが、
すべてを発揮しきるのはとても時間がかかるようです。

常にすべてにおいて全力投球、100%以上の力で望むことで
本番でやっと・・・8割くらいの力が出せるのではないでしょうか。
posted by 武藤賀洋 at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いいわけはできない

お客様には言い訳できません。

「あれはこうだったから」
「相手がこうこなかったからうごけなかった」

などなど・・・
こんな役者間の事情はお客様はしったことではありません。

お稽古中でも本番でもお芝居の後に言い訳が出るようでは
まだまだ、舞台上で役として息吹がでていない気がするのです。

なぜならば、我々が生きるのに言い訳は存在しないと思うのです。
言い訳するときは自分を正当化するとき。

自分が行動のもととして考えれば、良い事も悪い事もすべて結果に
たいしては自分の責任だと思うのです。

私どもの職業も、どんな職業も言い訳はお客様には関係ない、
そんな思いがします。私もふんどしを締め直して芸術を見つめ直したいと
思います。
posted by 武藤賀洋 at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月20日

お稽古は・・・

以前にも書いたかもしれませんが・・・

お稽古や練習は他人の為にやるものでもあると思います。

例えば、自分の台詞をとちってしまって、
「すみません、もう一度やらせてください」
というのは私としてはありえないと思います。
なぜならば、その他の人はまだお芝居の中、舞台上なのですから・・・

自分で台詞を覚えたり、反復練習することは
家で一人でもできることだと思います。

対人で練習やお稽古をするときは、他人の芝居に影響をさせても迷惑はかけない。

お芝居はアンサンブルだと思います。
そのアンサンブルを構築するために、他人を良く見、他の人の為にお稽古を
していくことこそがひいては自分の為のお稽古になると思うのです。。。
posted by 武藤賀洋 at 14:11| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月15日

疲れるということ

前にも書いたかもしれませんが。。。

バイトでも本職、俳優以外のお仕事なんでも、お仕事すれば疲れるのは当たり前
だと思うのです。そうした仕事をしながら、時間を使い、賃金を得るわけですから。

我々の職業も同じだと思います。
学校や養成所で課題をしていても、すべてを、心・技・体をすべてを駆使して、
終わったら疲れていることが仕事をしていることだ、そう思うわけです。

上辺だけでやっている、お芝居をした気持ちになっているだけでは
"仕事をしているふり"意外なにものでもないと思います。

特に初心者の方は、自分のもてるパワーを十二分に発揮し、
気持ちも身体も、今出しうる限りの技もすべて出し切らなければ
仕事とは呼べないのではないでしょうか。

私も余すところなく、出し惜しみせず、お芝居というものに
向かい合っていきたいと考えています。
posted by 武藤賀洋 at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月13日

拘る

しばしば、「こだわる」という言葉を聞きますが、

本来の意味は、
 『ちょっとしたこと、些細なことを必要以上に気にする。拘泥する。』
という意味なのですが、
 『妥協しないでとことん追求する。』
というような意味としてとらわれることが多々あるようです。

こだわりの店→些細な事を気にするお店?
となってしまいますよね・・・

私もお芝居に関してこだわりを捨て、色々なものを吸収し、追求していこうと考えています。
posted by 武藤賀洋 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月11日

身に付いたかどうか

色々な先輩や先生、師匠などから教わった事がきちんと身に付いているか、
それを確かめる術は色々あるかと思いますが、
”他人に教えてみる”という方法があるかと思います。
他人に教えてみるというのは、自分でもわかったつもりになっているところ
が明確になります。
また、他人に教えるという事を通じて、他人という人の反応を見ることで
自分の勉強にもなるかと思います。

しかしながら、モノを人に教えるというのは―――私の経験上―――
とても技術のいる事だと思っています。
色々試してみながら、自分でも学習する意欲と根気がなければ
難しいのではないかなとも考えています。
同時に経験や、幅広い対応力が求められてくるかと思います。

そういった側面から最初の提起であった、「身に付いたかどうか」
を確かめる術としては、後輩と供に一緒に同じ課題をしてみる
ということで、自分の理解度と問題点をはっきりと認識させると
自分自身のスキルもあがるのではないか、そう考えています。
posted by 武藤賀洋 at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月07日

失敗を残す

そもそも芸術に答えはない、といっているので
成功なり失敗なりといった概念自体を書くのも
如何とおもいますが、ことこういう生業していると
自分の思いだけでなく、色々な兼ね合いからやはり「成功、失敗」
という概念が出てきてしまいます。

人間は誰でも失敗を恐れたりするかと思います。
少なくとも私は「失敗したくないなぁ」と思いながら
色々なことに臨みます。
また、人は失敗するとそれを「早く忘れたい」と
考えがちだと聞きます。
しかしながら、その失敗というのは、成功するために
色々なヒントが隠されていると思うのです。
なぜならば、成功と失敗という2極で話をすすめるならば、
失敗した要因をすべてクリアすれば成功するわけですから。

であるならば、失敗したことを忘れないように残すことと
いうのはとても大事だと考えます。
その失敗したことを客観的にではなく主観的に残すことで
―――失敗した事象を評論するのではなく、自分自身の感じ方、
思い、考えなどを重点的に―――より細かく自分自身が
どう行動したり、お芝居したりすれば良いかということが
はっきりと把握できるのではないかと考えています。
posted by 武藤賀洋 at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月05日

恥ずかしい

声優を目指す人でも俳優を目指す人でも、
「恥ずかしい」という気持ちが
あることは良いことだと思っています。

恥ずかしい気持ちを捨てなければいけない、というよりも、
その恥ずかしいという気持ちを抑え、人前で
なんでもできるようにすることができる個人別の術を
取得しなければならないと思います。
―――ある人はパワーでしょうし、ある人は感情の揺れ動き
でしょうし・・・ある人は―――

羞恥心というのはある種、お芝居をする上において
邪魔になるものですが、
これを完全に捨てきるというのは”人間”でなくなる、
という気がします。
なくすというより、抑えたり、乗り越えたりし、
その演じることに集中することが大事なのだと
私は考えております。

同時にお仕事として捉えたら、
『嫌だな〜』と思う事象についても、
その気持ちを捨てるのではなく、抑えたり、
乗り越えたりする術を見つけることが大事なのだと
私は考えております。
posted by 武藤賀洋 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月04日

批判をするなら代替案を

とある事象に対して、
『批判をするなら代替案を』というのをよく聞きますが、
これはアマチュアの考え方であろうかと思います。
同時にこの考え方が効くのは条件があろうかと思います。

”批判をするなら代替案を”という前に
まずはその事象について、否定的にならずにやってみる
という概念が抜けていると何をどうしたって
出来てきません。

文化というものはやってみて、不具合が出てきたから
知恵をつかって改良、改変されてきたように思います。

机上で考えていて、やらず、否定をしてしまうと、
信用が得られません。
『批判をするなら代替案を』という考え方は
とても良いことだとおもいますが、
どんな社会、組織、文化に対しても、
まずは’やってみる’ということが抜けてしまうと
どんなに優秀な人でも信用はもとより、
経験が疎かになってしまうと思います。

否定、批判をするよりもまず経験を。
と考えています。
経験をしようと思ったら、固定観念というものが
邪魔になってきてしまいますが、
これを如何に取り払い、自分の経験、そして信用を
得ていくかということが
社会人としての大事なことだと私は思うのです。
posted by 武藤賀洋 at 23:51| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月31日

言い訳はできない

舞台本番でも、お稽古中でも俳優たるもの、
言い訳はできないと考えています。
お客様は役者の演じる声、身体、しぐさ、雰囲気・・・すべてを
お客様独自の解釈でご覧になります。

そういった事を鑑みると、演じる側の都合というのはお客様は知らない、
知るわけが無いのであります。
そして、演者がどう考えていて、それが例えばアクシデントによるもの、
不測の事態、たまたまの偶発、できなかっただったとしても、
お客様お一人お一人に説明してまわるのことは
できないのではないでしょうか。


お稽古中も同じことだと思います。
見えるものでしか、他の俳優さん、演出家は判断できないと
考えられます。
ですので、如何に自分が思い描いていることを表現できるか
ということだと思います。

こと、お稽古中に関しては表現を試す機会なわけですから、
言葉を使って「どう考えているか」ということを伝えるのは
非常に大事だと思います。
ただし、伝えるときにそれが言い訳になってしまっては
拙いのではないかとも考えています。

昔、私の師匠からこんな言葉を頂戴しました。
『'知っている','分っている'と言っているうちは本当に分っていない。
 その事象を実行できてこそ、真に理解したことになる。
 芝居の世界でも同じ。』
posted by 武藤賀洋 at 19:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月30日

あせらない

お芝居を勉強、研究していると、どうしても周りの事が気になります。
こういう世界だから、見られて当然、ライバルはたくさん居ます。

しかしながら、焦っても良い事はひとつもありません。
旬の芸事をめざしているのであれば、急いてもしかたないかも
しれませんが、お芝居を一生の仕事として捉えるのであれば、
焦りは禁物でしょう。
何故なら、天才で無い限り思いつきや単純なきっかけで
お仕事がこなせるほど甘い世界ではないからです。
そして、天才など居ないのです。
(ひょっとしたら、私が出会った事がないだけかもしれませんが・・・)

周りの人と比較したり、課題ができないから焦ったり・・・
比較するならより多くの、世の中の人々と、
課題ができなかったら、出来るようにしていくこと、
こと、基本的な練習、自分でできる研究や練習は疎かにできません。

詰まる所、自分のペースをしっかりと守って
焦らず、じっくりとやる事が仕事に取り組むことだと
私は考えています。
ただし、機会には自分の目をきちんと向けていないと
いけないと思いますが、それはまた、いずれかの機会に。
posted by 武藤賀洋 at 08:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月29日

自信

我々の世界では「天狗になるな、初心を忘れないように」
という事がよく言われます。
仕事が多く来たり、やはり、芸の世界ですから人から絶賛されたり、
自分自身で満足いく出来だったりすると、やはり浮かれてしまい、
ちょっとばっかり、
鼻が伸び、高くなってしまうこともあろうかと思います。

こうしたことは自分の目的、どうして、お芝居をしているのかという
ことをフィルターとして、自分自身を見つめたり、
もっと先の目標を明確にしたりすることや、世間の情報をあつめる
ことなどなど自分自身での自制することが重要だと考えています。

反面、私たちの仕事では本番の際、緊張とともに、
いざ、動く、いざ台詞を言おうとするときに、勇気がいります。
そんな時は”自信”を持っているか否かで大きく変わってきます。

では、自信はどうしたら持て、芽生えるのか・・・
それは経験、場数をこなしたかどうかということにもよって
来てしまいますが、
常にその作品に向かい合っている、役に向かい合っているという
ことが自信につながると思います。
我々の世界はお稽古、練習は当たり前ですが、
練習やお稽古がない日でも、やはり、脚本を読み込む、読むという作業は
三回くらいしておくべきなのではないでしょうか。
脚本、つまりは物語に触れている事で、
何が起こるかわからない舞台上でいざ!というときの自信になるのではないか、
私はそう考えています。
posted by 武藤賀洋 at 01:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月27日

脚本を汚そう

といっても、雑にあつかうというわけではありません。
脚本にいっぱい情報を書き込むことが役に向かい合うために
必要な要素のような気がします。

人間の記憶は非常に曖昧だと聞いていますから、
色々なアイデア、関係性、自分なりのヒント、ダメを出された箇所のチェック、
他人がダメを出された箇所とその内容、気持ちの変化が起きたであろう箇所、
約束段取り、出はけ、仕草のヒントなどなど・・・書き込む事は
たくさんあると思います。

そうした情報を一つ一つ積み重ね、検証し、表現していく事で
また繰り返すことによって、さらに経験となっていくのだと私は
考えています。

経験則でのお話ですが、脚本が汚くなっている、
よく読み込まれ、よく書き込まれている役者さんは、柔軟に対応でき、
すばらしい表現をされているような気がします。
posted by 武藤賀洋 at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月26日

様々な知識

アニメーションやお芝居などは当然の事ながら、
いろいろなジャンルの事象や物語、人間模様など
表現されます。

例えば、医者の物語、弁護士の物語、車の物語、
動物の物語、未知の生き物の物語・・・などなど。

役者、声優を志すものにとって、基礎的な技術の学習の他、
様々な物事を知らないと始まらない場合があります。
もし、知らなければ、あらかじめ調べておく事が必要
です。何故なら、その世界観を知るにはまず背景を
しらなければお話にならないと思うのです。

物語によっては、外国での話もあれば、
時間をさかのぼったり、進んだりするものもあるでしょうから、
膨大な量の知識が必要です。

この知識とは必要不可欠なものでありますが、
他方で、我々のような職業にもっとも危険な’固定観念’をもたらす
ものでもあります。
色々な本を読み、色々な情報を得る事は役者をやることにとって
必要不可欠ですが、知識に頼りすぎず、イメージをすることを
忘れてしまってはいけないと思っています。
知識を十二分に生かして、イメージの基とし、表現をしていく事が
大事なのではないか、そう考えています。
posted by 武藤賀洋 at 20:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月22日

説得力

こと、声優さんを目指している方にかもしれませんが、
(無論、俳優さんにも言えますが)
お芝居には説得力が伴わなければいけないと思います。

例えば、空を飛ぶ主人公が出ているアニメーションだったり、
手から謎の光線がでる登場人物だったり・・・
これを演じる時に、経験がないからといって、できなければ
お話になりません。

同時に、アニメーションでは、(お芝居でも)30歳を過ぎた人が少年少女を
演じる事など、頻繁にあろうかと思います。

もちろん、人間ですから、見た目もありますが、
見ていただいているお客様には、それ以上に『訴えるもの』を
含めて説得力が必要になってきます。
その説得力は色々な要素を利用して生まれてくるものだと
私は考えています。
つまり、台詞だったり、仕草や衣装だったり、照明だったり、音楽だったり・・・。
そしてまた、自分の役以外の仕草や台詞で得る事ができることも
あったりすると考えています。

お芝居を見て頂いているお客様に訴える表現には
常に説得力が伴うと良い、そう考えております。
posted by 武藤賀洋 at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ムトウの思う精神論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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